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MURMURE Archive

なつやすみ、おわり。

8月もさいごのさいごの二日間。

一日は、かわいい、かわいい…と思ってるうちにはや小学6年生になった姪っ子とデート。

日比谷で「借り暮らしのアリエッティ」を観る約束で出掛けたのですが、その前に時間があったので、秋葉原を練り歩きました。

我が姪っ子ながら、なかなかカワイイ子でして…

と、これ以上書くのはよしとこう。
姪はいつのまにか検索してこのブログをみつけ、読んでいる。この、ひっそり言いたい放題やってるブログを、どーやって見つけたのやら…。

写真のっけると「だめ〜!(ベシっ!!)」と叩かれそうだけど(それも怪力)、目はかくしといたぞ。

…と言い訳しよう。

秋葉原では、「入ってみたいでしょ?」と姪っ子をだしにして、私が入ってみたかったメイドカフェにGO。
生ぬる〜いドリンクが、「愛情こめます、モエモエきゅ!」っと念力すると味がかわるのだからすごい。

それにしても、あそこはもはや『アキバ王国』。

これまでも時折歩いてはいましたが、真昼に目線を変えて歩いてみると、セーラー服姿のおじさんがフツーに歩いていたり、至るところに飾られた人気キャラ、溢れるアニメ・ゲーム・マンガ、コスチューム、言語…誰もが「解禁〜!」て感じな世界が完成されていました。

それにしても姪っ子、よくがんばって歩いたね。

またいつか、夕暮れ時のきれいな街を歩こーネ。

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もう一日は、大阪から(これまた年の離れた)末のいとこが「おねーちゃん、いま東京に一人できてるんだけど…」と連絡をよこしてきて、急きょディナーデート。

約10年ぶりに逢ったいとこは、見事におかっぱ少女からロングヘアの麗しいレディに変身していました。
それも頭の良い大學で青春を謳歌して、一人でインドやら中国やらどこでも旅できる大人になっている。

でもこんな風に、一緒に食事しながら恋の話なんかできるのは、なんかいい。

わたし、妹や弟ほしかったから、嬉しかった。

というわけで、さいごに夏休みきぶん…というより、都会の残暑にやられてヘロヘロになりました(^^;)

よるのこだま

おばあちゃんが、また三晩つづけてのハイ状態で不眠がつづいた。

つまり、私も不眠。ちょっと寝ては「ドキッ」として目覚め(呼ばれたり、外に出ようとしているのに気づいたり、延々と話し相手したり)こんかいも少々バテました。

祖母には、7月から「抑肝散」という漢方を服用させていて、こうした症状はやや減っていました。

ところが、このクスリが匂いも味もきついので、飲料に溶かしても、オブラート(ゼリーも)でも、お菓子に混ぜても、吐き出してしまう。

強引に飲ませようとすると、「毒を飲ませようとしている」といった妄想にとらわれ、私たちの差し出す飲み物すべてに手をつけなくなりました。
水分をとらないと、この猛暑で脱水症状になってしまうので、スイカに塩をふって日に3度与えたり、アノ手コノ手で熱中症を回避してますが、いよいよただの「麦茶」ですら警戒して飲もうとしてくれません。

毎朝、毎夕、この苦いクスリを服用させるだけのために、ひっかき傷が絶えないほど(祖母は全力で抵抗する)で、疲れてしまいました。

そこで「そんなに嫌なら、しばらく止めてみよう」と、この約1週間止めてみました。

…その結果、また「夜間せん妄」が激しくなり、この約3日は不眠。
深夜になるとわめき、外へ出ようと家中のドアをこじあけようとする。

そこで昨夜は、なるべく服用を避けていた軽い入眠剤を1/2服用させました。

すると、おばあちゃんはまる1日眠ってしまいました(これはこれで、途中トイレをさせたり、食事をさせたり、目がはなせない)。

そんなわけで、今夜はどうやら私も眠れそうです。

その前に、いま介護で話題の漢方薬『抑肝散』と、夜間せん妄について記しておこうと思います。

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こうなってくると、自分で一番嫌な気持ちになるのは「優しくできないこと」です。

つい手をあげそうになったり、怒鳴ってしまったり、なんのために祖母を介護してるのか(もちろん、祖母らしく生きて最期を迎えて欲しいからなのに)…まるでこちらの都合で祖母を軟禁してるみたいになり、「せっかく長生きしてきたのに、こんなの悲しい」と思ってしまうのです。

我が家のばあい、祖母の不眠は約1年前から時折ありました。
ただ、それがこのように夜間せん妄を伴うひどい症状になってきたのは、ことしの春あたりから。
夜間〜明け方にかけて、祖母がとつじょ目を覚ましては「(誰かが)通信してくる、呼んでいる、外に迎えがやってくる」と言って、私や兄を起こし、玄関をあけるようになりました。

97歳の年寄りが、徹夜で暴れるのです。これでは心臓が消耗するか、なにかの事故で命をおとしてしまいます。

そこで、在宅医療の医師に相談して『抑肝散』を処方されました。

この『抑肝散(ヨッカンサン)』というのは漢方薬です。
近年、認知症の興奮状態、周辺症状をおさえるのに効果があり!ということで介護医療では話題になっていて、「ためしてガッテン」でも紹介されたりしています。(注:他のクスリとの併用によっては副作用も出るので、医師に要相談)

ケミカルなクスリはとても強くて、日中もボオーッと廃人のようになった姿のお年寄りを見かけます。
この「抑肝散」という漢方は、肝の虫を抑えるというか…元々は夜鳴きの止まない小児に服用されてたように、じんわりとした効き目があるし、副作用もあまりない。

うちの祖母はアルツハイマー型ではないのですが、97歳になってさすがに脳が縮小し、人格障害、夜間のせん妄が起こっているようなのです。

さっそく服用させてみました。

数日たって、たしかに祖母も穏やかになった気がしました。

あいかわらず「無線がはいる、呼ばれている」とわめきますが、おさまりが早いというか、不眠も週に1〜2日に減りました。

…それでも、まだ私や兄には過酷です。

まず、クスリを飲ませるのに一苦労するし、夜0時を過ぎると「こんやは寝てくれるだろうか」と不安で胃がきりきりします。

ドアですが、さっそく建具屋さんに来て貰って、玄関と勝手口に補助鍵をつけてもらいました。
さて、この服用をつふけてもらうには、どうしたものか…

これは、今後の課題です。

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そもそも、なぜ認知症の多くの人が、夜間に外へ出たがるのでしょうか。

いちど、こんなことがありました。

祖母が、「お前を起こしたいんじゃないんだよ。私に聞こえる声を、お前にも聴いて欲しいんだよ。ほら、聞こえるだろう?」と言います。

私がうっかりウトウトしてしまったところ、祖母は私たちを起こすまいと、こっそり外に出てしまいました。

そして明け方の4時ごろ、外から私の名を呼ぶ声がしました。

「夢?…いや、おばーちゃんが呼んでる、しまった寝てしまった!」

慌てて外へ出ると、駐車場で、祖母がニコニコしながら立っていました。

あれは不思議な光景です。

祖母は明け方の空を眺め、身体を揺らしながら、それはもう幸せそうに、美しい笑顔で佇んでいました。

…あれを見たら、もう怒れませんでした。

以来、私も兄も、たまに一緒に10分ほど外に出てあげるようにしました。

いちど外へでたら、気が済んで中へ入るのです。

「べつに外へでたって、本人がそうしたいならいいじゃないか?」

何度もそう思いましたが、我が家の前は車道だし、段差もたくさんあります。

そんな心配さえなければ…そう思うばかりです。

夜のとばりに、いったい誰が、いったい何者が、おばあちゃんを呼ぶのでしょう。
いっさいの世のしがらみから解き放たれ赤子のように純真な面持ちのお年寄りたちを、いったい何が呼ぶのでしょう。

『おいでなさい、おいでなさい、アナタを待ってますよ、もう怖がらずに、泣かずに、こちらへおいでなさい…』

そう、きっと何かが呼んでいるとしか思えません。

フル回転してきた脳の、あちこちの回路がとぎれて、なにを訴えても、私たちから疎まれる。わずらわしいと怒りを向けられる。

でも、もうすこしで、そこに自分がいて許される世界が待っている。

「おうちへ帰ろうね。」

このセリフは、徘徊するお年寄りがとても安心する言葉だそうです。

わたしもこの時、言いました。

だって、おばあちゃんは何も私たちを苦しめたいわけじゃないから。

わたしはおばあちゃん子なので、半分母親のような存在です。

まあ、そう頭では理解していても、行動するのは、苦行僧のようにむずかしい。介護は、本当に根気のいることだと思います。

施設を信頼していないわけではありません。でもたとえプロでも、ガマンのならないことの多い仕事だそうです。だからつい手をあげてしまうような事件が絶えません。

預けることを考えるよりも、なるべく家族として、人として(自分たちもやがて年をとる)、自然なこととして受け容れていきたい。
それが我が家の考え、というだけのことなのだけど…

だって、あの笑顔をみて「愛しい」と思えるのは、やっぱり愛情だからだと…しみじみ思うのです。

8がつ15にち

きょうもとっても暑い。

そしてきょうは、終戦記念日。

朝食後、祖母に新聞を見せると「おじいさん、ありがとうございます、ありがとうございます」と空(くう)にむかって呼びかけ続けていました。

あまりに辛かった思い出は、胸の一番奥に封印して、顔をあげて、戦後の復興に希望と青春のすべてをかけて生きてきたお年寄りたち。

日本の夏、8月15日は、「終戦の夏」でもあること。
私は感じつづけていきたいと思います。

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きのうは、高校時代からの親友A子が、二人のやんちゃ坊主を連れて我が家に遊びにきてくれました。

そこで、私の姪っこ&甥っこも呼んで、カレーパーティしました。

二人とも、我が家と友人のあいだでも「すごいカッコイイ」と評判で、3歳くらいの頃からお兄ちゃんは色白の甘いマスク、弟は精悍でシャイなマスクで、ほんとにかわいかった。

男の子二人は、カレーをおかわりしてくれました。

途中、一人の子が「もういっぱい」とやめました。

そして私に、「おいしくないんじゃないよ。お腹いっぱいなんだ。またあとで食べるからね」と言いました。

わたしはびっくり。8歳の少年の心遣いに感動してしまった…

思えばA子も気だてのいい明るい少女でした。

活発で、よく帰りのバスの中で一緒にしゃべった。

私がコクリと眠くなると「肩にのせな」と私の頭をのせ、自分はカバンから編み物をだしてせっせと編んでいた。

あのA子の子供だもんね。いい子にきまってるんだ。

うちの子供たちと4人で合流すると、はじめはぎこちなかったけど、やがてアニメやゲームの話で大盛り上がり。

ユキノはお姉ちゃんらしく、時に気をつかい、時に弟をつねりながら(笑)、明るい笑顔で場を盛り上げる。
あの子たちの社交性には、頭がさがりました。

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以前は子供はうるさいし疲れると思い込んでいたのですが、触れあってみればそうでもない。
悲しいときは悲しい、楽しくなると全身で楽しい!と表現する姿は、実にいいものだと思うのです。
それに、子供はソウルと一緒で、とても「空気を読み」ます。
「あ〜この子は口がヘタだな、でも優しいんだな、いっぽうこの子は強いけど、いろんなこと考えて、すごい大人に気を遣ってるな、」とか、駆け引きのない子供には、いろんなこと考えさせられます。

まあ、私はたいてい、ナメられます。

以前ピアノの教師をしていたときも、子供たちはお母さんの前ではキチンとして、お母さんが教室を出ると、「せんせ〜い、ぎゃあ〜!」といって私によじ登りました。

山かジャングルジムとでも思っているのでしょう。

怒ったって、足下をみられていますね。

でも…音楽をきかせると、子供はじいっと耳を傾け、やがて「じぶんもひける!」なんて負けん気だしてきます。

もちろん、それが直接、ピアノを弾く行為に向かない子だっています。

それでもいいんですね。音楽がなにか「きれいで、たのしくなったり悲しくなったり、からだがうごきだすような」親しみをかんじさせる。

大人になれば、自分なりの音楽との付き合い方をみつけるはずです。

習わせたいと親が思うのは、楽譜が読めたり、技術が身につけば、なにかの役にたつかもしれないと思うからです。

ときどき、ギター仲間の人に楽譜のよみかた、楽典を教えてくれと言われます。

大人はたいてい、短調と長調の違いを理論的に知りたがり、「わかるけど、わからん」と言います。

私も頭が固いほうなので、そのスッキリしない気持ち、すごくわかります。

ところが子供は、「かなしいカンジ」「たのしいカンジ」で、ソレをギモンに思いません。

気づけば、3歳くらいでもト音もヘ音も調号も拍子も、自分でサラサラっと書いて作曲したりします。

子供って、偉大です。そして誰もが、かつて子供だった。

学ぶことがたくさんあります。

ただ、昨夜はもうヘロヘロに疲れました。

はつぼん

土曜日は、和尚さまが父の初盆供養をしてくださいました。

姉の家族とみんなで食事して、午後は子供たちとベイブレードで白熱。
子供はエネルギータンクが満タン!…大人はヘトヘト。
でもわたし、じつは子供と遊ぶの好きです。
11歳の女の子のほうなんて、話も合うし一緒に出掛けて退屈しません。
それに夏休みは、やっぱり子供にとって楽しい40日であってほしいです。

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おやつにカットした桃のネットをソウルにかぶせたら、客人、家人にたいへんウケました。

ウケたといえば…兄がカレーを食べていたときのこと。
ソウルが「くれ」とうるさいので、兄はルーのついたお肉を1コあげました。
じいー…っと茶色いお肉をみつめたソウル、やがて砂をかくように、お肉をかきはじめました。

「ソウル…お前はカレーとウ○コの違いがわからんのか!」

猫なのに、匂いで判断できないのか〜!?
…と、肩をゆすって訊ねたい気持ちでした。

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日曜はエンジニアのTさんが遊びにきてくださいました。

んで、みんなでタコス&ピザの夕食。

昨年イタリアを旅したTさんのお話をきいてたら、無性にイタリアへ行きたくなりました。

そんなわけで、今週末はあわただしくも笑顔いっぱいの週末でした。

久しぶりの我が家に帰った父の魂。ゆっくりしていってほしいです。

シエスタ

タイトル、『まどろみのソウル。』

ポートレイトは、フレーミングできまる。

というのも、じっさいは…

ぶざまなかっこ。
(この足は???)
壁には、カメラマンの影。
(左手にはアイスキャンデー)

「お昼寝ばっかりして…このやろ!」

「…う。」

注)首しめてるんじゃありません。首をかいてやってます。

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そろそろお盆やすみ。

先週末は、初盆の精霊棚を飾り付けしたり。
ギターの発表会に参加したり。
あと…なぜか、ジムの大学生の子たちとバスケット(半強制でやむなく参加)。

あっちこっち駆け回ってました。

ギターは、いよいよバッハのBWV997を披露。
自宅で弾くときの、1/3ほどの出来でした。
「本番の壁」は高い…人前で弾くクセをつけようと思いました。

ところで、打ち上げで初めてノンアルコールビールをいただきました。

私は、お酒が飲めません。
いつもウーロン茶なのですが、今回は「ほんとにビールみたい!」と酔っぱらった気分になりました。

でもみなさん曰く、「それはお酒の味を知らないから、そう思うのだ」そうです。

その通りですね。

でも、夏気分に酔えました☆

Le Petit Prince

本読んでると、かならずソウルが飛び乗ってきます。

「ぼくもよむ」

はじめ本の上にちょいちょい手を出し、わたしの顔をのぞき込んでフガフガとと鼻息かいで「生きてるか?」確認すると、わたしの投げ出す足に絡まって、じゃれたり、もたれて毛繕いして、さいごは足の甲の上にアゴのっけて寝ます。

ときおり、つま先でソウルをむにっ!と挟んだり、撫でたり(フワフワ、もこもこ、あったかくて気持ちいい)、ソウルも嫌がらずに寝ています。

たま〜にそのまま寝てしまい、寝返りうってソウルの頭に「かかと落とし」食らわせてしまい、「ンぎゃっ!」と噛まれることがあります。

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いま、サン・テグジュペリの『人間の土地』『夜間飛行』を読み始めています。

先日、大人になって久しぶりに「星の王子様」を読んだら、なんかはまってしまいました。

物語の挿絵はすべてサン・テグジュペリ自身の描いたものですが、今みてもなんとも可愛らしい。

小さな王子のかわいらしい「声」…耳元で聞こえてきそうです。

それに、王子が愛し、育て、幻滅、離別し、やがて死ぬまで思慕する「赤いバラ」…たった4つのトゲで誰をも寄せ付けない、あどけなくて美しい貴婦人のようなバラが目に浮かびます。

絵画センスもよく物語も象徴的で美しい、これは詩人か画家だろう…とはじめ読んだときは思ったけど、サン・テグジュペリの本職は「飛行士」なんですね。

飛行機が好きで、好きで、自ら志願し軍用機の操縦士になったほどの「ヒコーキ野郎」。

その体験談を元に、著作が生まれているのだから面白いです。

いま読んでる作品も、とっても面白いです。

わたしも、いちどでいいからソウルと夜空を飛んでみたいな〜。

こいつ、黒目全開でつり上げて、耳アンテナぴんっ!て立てて、興奮するだろーな。

スリちゃん

友達のアヤさん家に、めちゃくちゃキュートな生後間もない仔猫がやってきたそうな!
写真をみてたら、もうたまらなくなり…いただきました。

「あっ!あたしのいっちょうらが、つっぱってる!おなか、おなかひっこめなきゃ…!」

すりすりするので、スリちゃんと命名されたそうです。
スリちゃん、スヤスヤねむってますね。
でもスヤ、よりスリ、のほうがかわゆい。

残念ながら愛らしいお目めは閉じていますが、ミルクたくさん飲んでいそうなお腹。

アヤさんのお顔も小さいので、どんだけちっちゃいか想像できます。
ネコって、足にまとわりついり、すりすりしたり。
たまに踏みそうになるけど、あれをされると、もう怒れなくなるんだよね〜。

なんか、ハインラインの「夏への扉」をまた読みたくなってきました。
あの主人公と猫のピートがおかしくて、爽やかで、猫と同居する者にとってたまらない。

もうすぐ夏だしね!

いろんなおもい

祖母の『夜間せん妄(もう)』がひどい。
祖母も、そして私も、もうまる3日ちかく、ほぼ寝ていない。
毎夜ワールドカップを観たりブログ更新して紛らしてたけど、今回はちょっと参ってます。
私でさえ疲れてるのに、97歳の祖母は体力がもつのだろうか。
これを記している今も、朝の5時です。
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夜間に私を起こしてしゃべり続ける → なだめても収まらないのでケンカになる → 疲れて寝る
このパターンはずっと前からあり、この春先からは進行した感があった。
1年ほど前から、私がギターなど練習しつつ、4時頃まで起きて注意する(2月までは朝、部屋へ戻っていた)、兄たちが7時ころ起きて、朝食を支度して出勤、私は9時に祖母をデイサービスに見送りして活動開始、という日々が定着していた。

けど今回は、祖母はほとんど寝ていない。
なんど寝かしつけても、兄を起こしたり、私の部屋の前でわめき続けている。

「どうして寝ないの?!」
「….わからない。」
祖母自身、混乱して辛いのだ。だから、叱ったり怒ってもはじまらない。
こんなとき穏やかになだめるのは、下の兄が得意だ。
私は祖母に近すぎてうまくいかない。
さっきは兄が階下に降りてきて、話し相手してくれた。

私はその間にしばらく調べて、祖母の体力が心配なので、ザジデンという花粉症アレルギーのクスリを1/2服用させた。
このクスリは祖母の風邪の予防に、医師から処方されていた。
けど眠気が起こり、起きたとき足下がふらついて危ないので「年寄りにはどうか?」と思い、避けていた。
明日は私も休み。トイレなど注意できる。

どうか眠ってくれますように。

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いつも、あまりこういうことは書きたくない。
それは、身内のなんともいえない複雑な感情です。
祖母は90歳を越えてもずっとしっかりしていた。今も人格は保たれている。
ようやく痴呆が出たからといって、遅いくらいだと思っている。
兄も私も、「おばあちゃんは、よくここまで頑張った」という気持ちが強いのです。

でもこんなとき、似たようなブログや吐露を読んでいるとやはり救われた気持ちになるので、記すことも悪くないと思い始めました。

誰だって、もし親がそうなったら(以前の姿を思えば)同じに感じるだろうと思います。

よく「なぜホームに入所させないのか」と訊ねられるけど、それは人それぞれの思惑だろうと思います。
うちの場合は、(とくに私は)祖母ッコだし、兄妹3人いるので、負担を分担できる。
兄たちも気丈なので、「孫が3人もいるんだから、おばあちゃんは最後まで家で」と思っている。

これが一人だったりしたら、ツライだろうと思います。

もうひとつ理由は、祖母が戦争体験世代だということです。
なんとなく、….戦争を乗り越えてここまできた人だから、最後は安堵させてあげたい気分なのです。
祖母は90歳を越えた頃から、戦争の話を口にするようになりました。
それまでは戦死した祖父のことを滅多に語らず、とかく現実主義で、前向きで朗らかでした。
でも認知症が出て、せん妄が始まってからは、口にするのはほとんどが祖父のこと、そして戦争の記憶でした。
感情失禁(泣いたり怒ったりが、止められなくなる症状)が起こると、子供のように戦争を思い出して泣き出します。
本人がコントロールできずに語る記憶は、もらい泣きしてしまうような内容ばかりです。
これだけ辛い記憶を胸にしまって、気丈に生きていたのだ気づかされます。

話は逸れますが…この時代の方達にとって、やはり一番のトラウマは戦争であり、戦争がどれほど深く、深く、終戦後も人を苦しめ続けるのか。
こんなことは一人に起こっても悲しいのに、数千、数万の人に起こるなんて、最悪だと思います。

そろそろ祖母が休みました。

インターネットなどのお陰でいろいろ読んでいると、こうしたときに家族が単なる「ボケ」とみて怒ったり、疲労困ぱいしたり、暴力をふるってしまったりすることがある。
その前に、それが「脳血管」(小さな血管の詰まり)によるものなのか、一時的な意識障害なのか、アルツハイマーなのか、などなど…症状によってずいぶん対処があるということを、覚えておくとずいぶん冷静になれます。

大事なのは、ちょっと注意していれば、酷くなってしまう前にいろんな方法があることで…人は「わからないから怖くなる」ということも多いので、心が準備していれば、多少は寛容になれる。
ケアマネージャーさんに相談したり、そうすることで、酷くなることを防ぐことができると思います。

今回は、認知症外来、脳神経科に相談してみようと思います。

もし同じような体験をされる方に、落ち着いた、冷静な対処ができるよう、我が家も実践してみたいと思います。

これは私たちの未来でもあることを、心に留めて…。

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