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cinema Archive
イノセント
- 2010-09-05 (日)
- MY FAVORITE | cinema
映画「アイ・アム・サム」を観たのは数年前です。
名優ショーン・ペンが知的障害を持つ父親を、そして“天才子役”の呼び声が高かったダコタ・ファニングが、娘のルーシー・ダイアモンド(で、音楽はビートルズ)を演じていて、それは感動しました。
ショーン・ペンの演技もさることながら、子役のダコタ・ファニングがほんとうによくて…。
でも今日は、その映画についての話じゃありません。
このダコタ・ファニングの美しき成長ぶりを記事で目にしました。
かわい(^^)
きれいになった(^^*)
まばゆいばかり☆
現在16歳。演技も知的で、なんとなくジョディ・フォスターを彷彿とさせますよね。
もひとつ、ダコタの妹、エル・ファニング。
もう12歳だとか(- -;)
ちょっと見ないうちにさなぎから蝶へと変身している、この年頃。
時折「息をのむような」美しさに出会うことがありますが、人間に絞って考えてみると、少年・少女のもつそれは衝撃的。
もちろん人生の谷山を越えて備わる大人の美しさもそれに値するのですが、少年少女の美は理屈にならない神秘の芸術のようです。
それは「ベニスに死す」で主人公が感じるような恍惚であっても、ナボコフの「ロリータ」の世界ではありません。その移ろいに手出しは無用で、なぜなら未成熟の美、成長している美だからです。
話逸れますが、いまインターネットにはこの未成熟の魅力を大人の欲求で汚し、犠牲にしている商売が溢れかえってますよね。考えるだけで気分が悪くなります。後にどんだけ苦しいトラウマとの葛藤が起こるのか、無責任な大人は考えちゃいない。それがまた腹立たしいです。
子供って(自分で思い出してみても)、その未熟な胸のうちに大人顔負けの不安や願い、そして夢を秘めている気がします。
捕まえようとするとスルリと抜けだし、追いかけるたび変貌をくり返す。
大人びた表情、子供らしい表情、あどけなさと冷酷さ、明るさと憂い…ひとときとして同じ表情を留めない。
でも一番似合うのは、やっぱり笑顔でしょうか。
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Ballet Cat
- 2010-08-25 (水)
- MY FAVORITE | cinema
ソウルの猫種、アビシニアンは別名「バレエ・キャット」というそうな。
「ふふ…ボクのことだね。」(ハイ?)

バレエのトゥ(つま先)のような立ち姿だから、だそうです。
しなやかな手足も、なんとなくそれっぽいですね。
————————-
先日、おなじみ音楽家のMさんと、青山のカフェレストランでお食事。
外のテラスで気持ちいい風のなかアイスティーを片手に「こんな時間はひさしぶ…ぶり…で..」と話しかけるも、さっきからMさん、聴いちゃいない。
じいっと私の肩越しに誰かをみつめている。
「あ、あの〜(また美しい人でもいるのかな?)」と振り返ってみた瞬間。
ブホッ(> <:)///…私のほうがアイスティを吹き出してしまった。
バレエダンサーの首藤康之さんが、後ろのテーブルにいたのだ。
「なんでもっとはやく教えてくれないんですかっ!」→わたし
「え、あの人だれ?」→誰だか知らずに、美しさにみとれていたMさん
…というわけで、美しい姿勢で数人の女性と打ち合わせらしき話をしていた首藤さんは、どの女性よりもキレイでした。
——————
そのあと、なにかのきっかけから山岸涼子さんのマンガ「舞姫〜テレプシコーラ〜」を全巻読みました。
これ、バレエのマンガです。
山岸さんは「アラベスク」有名ですが、現在連載中のこの作品も、大人気とのこと。じっさい私の知る、バレエ教室に通う子供たちもみんな読んでるそうです。
そんなにおもしろいのなら…と読んでみたのですが、かなりリアルでびっくり。
山岸涼子さんらしく内容も容赦なく過酷で、ちょっとえげつない社会問題なんかも盛り込まれていて、読んでいて辛くなるときも…。
ですが、その手に汗握る展開にはいちど読み出したらとめられず。
バレエのシーンも美しいし、大人から子供まで引き込まれるのも無理はありません。
とくにバレエに関しては(ダンサーを目指すものにとって)勉強になる情報が多く、肉体に関して「へえ…」「なるほど」と勉強になりました。
私も幼いころすこし通っていたので、あの独特の空気を思い出しました。
大人が通うただのレッスンなら楽しい。けど、バレエの世界は10代が勝負なので、子供になるほど先生の言うことまたキビシイ。プロを目指していた子などは、それはもう容赦なく指摘されていた。
私は気楽なレッスンだったので、あのころ感じた緊張感をいろんな場面で思い出すことができて良かったと思ってます。
————————–
つづいて、おなじく山岸涼子さんの「牧神の午後」も読みました。
これは伝説のダンサー、ニジンスキーが自身で振り付け初演した、有名な舞踊です。
これは当時はかなりセンセーショナルな振り付けだったようです。
19世紀の終わりから20世紀初頭は、それはもう今や有名な音楽家、画家、踊り手の才能が結集した時代。
そのニジンスキーについて、以前読んだチャップリンの自伝にいろいろな思い出が書かれていました。
当時の名プロデューサー、「ディアギレフ」とニジンスキーは、いわゆる愛人関係(両者とも男性ですが)でしたが、ニジンスキーは内密に女性と結婚してしまったり、ワガママが過ぎてディアギレフの手に負えなくなって決別します。
まさにその渦中の様子が、チャップリンの自伝にも描かれています。
チャップリンは、そのニジンスキーに「あなたは、ダンサーだ」と賞賛される。
やがてある日、彼の公演を観に行ったチャップリンは、幕間に彼の楽屋へ呼ばれる。
とりわけ何を話すでもなく、「そろそろ客席へ戻ります」と言っても彼は「まだいてくれ」と言ってチャップリンを返そうとしない。
開演のベルもとうに時間がすぎて、ディアギレフが楽屋に怒鳴り込んできて…
と、このようにニジンスキーはじょじょに発狂してゆきます。
そんな彼の舞踊日誌(というか、振りを記録したもの)はかなり緻密で、まるで音楽の楽譜のように踊りが記譜されていたといいます。
そして、その踊りはこの世のものと思えないほど繊細で独創的だったそうな…映像が残っていないのが残念です。
この時代、音楽家はチャイコフスキーからドビュッシー、ラヴェル、ストラビンスキーなどなど、そこにジャン・コクトーが脚本を書いたり、舞台美術がピカソだったり、衣装がココシャネルだったりと、なんとも豪華な舞台芸術の時代だったのですね。
「愛と哀しみのボレロ」のジョルジュ・ドン
これらを読んでたら、またジョルジュ・ドンがみたくなりまして、「愛と哀しみのボレロ」の、ベートーベン7番の場面の華麗な跳躍を、繰り返し観てしまいました。
そして、「ボレロ」のdvd、つぎにシルヴィ・ギエム…
と、感化されやすい私は寝不足になってしまいました。
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あとすこしで
- 2010-02-09 (火)
- MY FAVORITE | cinema
きょうはとってもあたたかくて、朝は生ぬるい風が
「さあ、春は目の前よ」
と背中を押しているようで、少しキツく感じました。
週末は、父の四十九日。
もはや熱いも寒いも身に堪えることなく、スーッと軽やかに…花だらけの天国まであと少し。
そんなこと考えながら手を合わせました。
——————
朝食を食べテレビをみていると、こんなニュースが。
『11歳の天才少女、史上最年少でプロ棋士に』
すごいなあ、どんだけ天才なんだ〜…と眺めていると、
「心がけているコトバは、“強烈な努力”です」
と答えている。
ん?このコトバは….
「リナちゃんのおじいさんは、名誉棋聖の藤沢シュウコウ(秀行)さんで」
おお!
血は争えないですね。
先日シュウコウ先生についての記事からコメントくださった方がいたし、なんだか嬉しくなりました。
藤沢里菜ちゃん、きっとおじいさんが背中にいるんだろうな〜。
がんばってね!
—————————
午後はとても久しぶりに都内をブラっとしました。
そして今年になってはじめて、行きつけのパスタ屋さんに入りました。
おなじみの店員T子さんは、席を案内しながら
「ひさしぶり!アユさんが来たってことは、いそがなきゃ!!」
と水をおいて厨房へ走っていく。
「あ、あの〜、注文…」
もういない。
いつも私は決まった時間もなく気ままに店に入るのですが、のんびりT子さんとおしゃべりしていても、だんだん店が混んできて会話できなくなるのです。
彼女は「あなた、人呼ぶでしょ!いっつもそうだもん。」という。
それで彼女は、私がいくとすぐタンブラーやお水のスタンバイをするのです。
そういえば小学生の頃、祖母と毎夏のように熱海に旅行してたとき、ある漬け物屋さんにも言われたことがあります。
「お嬢ちゃん来ると、入ってくるんだよね〜」
祖母はお洒落でハイカラで、とても目立つ。
「それはおばーちゃんの魔力威力です」
どう見ても地味な子だった私は、内心そう思っていた。
そんな想い出をT子さんに話すと
「そーよ。私、わかるもの。」という。
こうして話題の続きは店の外で…と、T子さんとお茶するようになったのでした。
それまで、喫茶店などでお店の人に「ひとつお席いただいてよろしいですか?」なんて言われて落ち着かなくなり、「あ〜あ、今日はついてないや」と読書をあきらめることがあったのですが、以来は
「いや、これはツイてるんだ」
と前向きにとらえ、ナニカに活かそうと思いました。
ナニカって?まだ全くわかんないんだけど。
———————–
そのあとは代官山まで足をのばし、好きなインテリアショップで長いこと眺めてしまいました。

真っ白いシェルフや、チークのスツール。
荒っぽい木目のデスクに、工具。
そんなの見てたら、わくわくしてきました。
知ってる街を歩き、お気に入りの曲の入ったi-podのイヤホンを耳にはめて、お馴染みの店に入っても、去年までとは何かが違って、正直楽しいと思えませんでした。
でもシュウコウさんのお孫さんが活躍はじめたり、ささやかながらハイチに募金したときにマイケルの曲が流れてた、…やはり街に出て歩くと、なにか元気がもらえます。
以前、多摩川を何日も散策してて新鮮な発見をもらった時期があります。
こんなとき、外との関わりはとても大事だなと思います。
素敵な家具たちの中で妄想だけ膨らまして、外に出るともう夕暮れすぎ。
(きょうは買いませんでした!)
代官山のような街でも、路地には夕げの匂いが漂ってきます。
祖母や兄やソウルにちょっと美味しそうなものを買って、家路につきました。
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man in the mirror
- 2009-11-19 (木)
- MURMURE | MY FAVORITE | cinema
きょうは仕事のない日。でも慌ただしかった。
まずギターレッスン、そのあと元マネージャーのSさんとランチした。
Sさんは田舎へ引っ越したのち、かねてより書き続けていた小説がとある賞を受け、これを機にプロの文筆家となった人(といっても還暦を過ぎた新人さん)。
私は出会って以来このSさんにとても良くしていただいていて、Sさんが上京するさいには今も食事などさせていただいている。
Sさんは本当に優しい。自分の話の前に、必ず私の環境、介護などについて、親身に心配してくださる。
「あゆ、こんどの作品にはお前さんをモデルにした子が出るざんす。」
いやっほ〜い!…で、どんな女性ざんす?
「ふっふっふ。まだ秘密。でも、△○×※□なかんじだよ」
…え、それイメージ?!
「実際のあんたサンは元気でおきゃんだけどね。ま、イメージざんす」
ちょと意外…それより、ことごとく言葉が時代不明なSさんでした。
私は、Sさんが努力実って小説家になられたことが本当に嬉しい。
—————-
Sさんと「さいなら〜お元気で!」とお別れした午後3時。
夕食の支度や、デイサービスから戻ってくる祖母のことが心配になってくる時刻。
でもちょこっと時間がある。
…もいちど「this is it」が観たい。
たまには洋服も見たいし、髪も切りたい。
でも、なーちゃん(前日の記事)のことや、父(近く検査入院)のこと、他にも幾つかストレスが溜まりまくっている。
…ええい、カンフルだ、観てしまえ!
と、野菜や米の入った袋を片手に映画館へ飛び込む。
—————–
上映はあとわずかだし、もう観た方は多いと思います。
職場の人、それも主婦の人と仲良しな私ですが、この話題で盛り上る。
興行成績は新作や大作をしのいで3週連続1位。M.J、強し。

何度目かの鑑賞で、マイケルはもちろん素晴らしいのだけど、楽しい見所が増えた。
いや〜若者って、いいナ!(→オバサン)
・女性ギタリストがとても可愛く、でもヴァン・ヘイレンのソロ軽々弾きこなしててすごいとこ。
・ダンサーたちが、マイケルがスタジオに来ると「アオゥっ!」って声マネして挨拶するとこ。
・ジュディス(デュエットする女性シンガー)の頭が爆発していて、マイケルの顔より大きいとこ(マイケルは「ダイアナみたいだ!」とゲラゲラ笑ったそうな)。
・「ビリージーン」の神がかりなダンスで、ステージ下のギャラリーが熱狂するところ。
若いダンサーたちが、「…くゥッ!」っと感極まってひざまづいたり、拳をフロアに当てたり、ピョンピョンしたり…彼らはダンサーなので、身体で表現してしまうのか。
彼ら若者の、その笑顔はサイコーです。
ダンサーにとってコンサートライヴのひとつの頂点は、マイケルジャクソン。
一生懸命に踊ってきて、チャンスを掴んだ歓び、マイケルと踊れる歓び、熱狂。
若くてマッチョで多国籍な彼らが、心一つに、満面の笑みで汗を流している姿は、本当にかわいいし、清々しい。
そんな歓びを若者に与えられるマイケルは、本当に神々しい。
世界を変えたいなら、鏡の中の自分から
「make a CHANGE」
肩の力を抜きながら動きの「要」だけは誰よりバシッと音にはまっているマイケルに、つくづく感動します。むしろ、このダンスに本番では得難い魅力を感じます。
ドキュメント映画として、短期間なのにファンの気持ちをよく捉えた嬉しい編集をしていると思う。
マイケルは、本番しかみせたくなかったかもしれない。
でもこの大サービスにファンはほんのちょっとは溜飲がさがったろうし、よく知らなかった人も、私のように子供のころからいて当たり前に感じてた人も、マイケルジャクソンの真剣さ、優しさ、情熱、一生懸命なことのカッコ良さを感じさせて貰えた。
私は、音を全身で感じるということ…大事なことを焼き付けられました。
さ…身近なことから。またがんばろ。
(追記)
記事アップした後、こんなニュースに追記。
93年に「児童性的虐待」でマイケル・ジャクソンを訴えた少年の父親が、自宅で自殺とのこと。
M.Jはネバーランドにたくさんの病気の子供を、親子ともに迎えて生活支援していた。
この事件、結局は少年の父親が歯科医で、息子に麻酔薬を打って虚偽のテープを残したというお粗末な事件。当の父親は、のちに成長した息子から「虐待」で訴えられる。
手口はお粗末でも、マイケル・ジャクソンというスターの名誉は、二度ともどらない。
「疑惑」は大きくとりあげられたのに、「潔白」は(日本でも)ほぼ取り上げられなかった。
「無実」は全く耳にしなかった。
そのほうが、よほど酷いと思う。
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smile
- 2009-08-19 (水)
- MY FAVORITE | cinema | music
来年の4/16にでも書けばいい話なのですが、エンジニアのTさんとのある会話から高まった気持ちを記。

ソウルの誕生日は4/16。2年前のこの日、生まれたてのソウルとジュリさんに出会いました。
そしてこの日はもう一人、私にとって偉大で大好きな人物の誕生日。
その名は恐れ多くも、チャールズ・チャップリン。
私の父親は、映画といえば、一にも二にも「チャンプリン」の人で、VHSというものが世に出回るようになったとき一番に買い集めたのはチャップリン映画でした。
11歳のとき、バレエがやりたいと訴えた私に父は「それならパントマイムを習いなさい。そして世の中をよく観察するんだ」と大マジで言いました。
バレエに憧れた私には解らず、その話は流れちゃいましたが、20歳を越えたある時。
考えてみると自分でもパントマイムがやりたくなって、とある教室に行きました。
するとその教室には、壁一面にチャップリンのポスターが…。
そこで教わったのは、言葉にできない言葉、思いがけない美しさに出会った悦び、おどけた悲しみ、妬み嫉み、狂気、憐憫…身体の動きの前に、あらゆる感情の動きがあることでした。
チャップリンという偉大な存在はもはや「映画」の歴史の一部で、語るまでもありません。エンタテイメントの力について想うとき、やはりチャップリンにたどり着くのです。
チャップリンの「笑い」、「ペーソス(哀愁)」….「思想」。
———————
自分の信条の一つに、チャップリンの母親の言葉があります。
『貧しい身なりをしていても、上品でいなさい』
いちど聴いたら忘れられない言葉でした。
「罪と罰」のソーニャのように、たくましく気高い心。
すさまじい貧困生活を送ったチャップリンの目線は、いつも「弱者」。
そのブレない思想は、全作品に貫かれています。
そして、涙と笑いを背中合わせにした…それを完全に芸にしました。
山高帽に、窮屈な上着、ダブダブのズボン。
ホームレスで、紳士的。
というか、紳士的ゆえにホームレス。
反骨精神と優しさ、ユーモアにあふれ、優雅な物腰で権力主義を笑い飛ばす。
『独裁者』ではヒトラーを笑い者にし、『殺人狂時代』では「一人を殺せば殺人、大量に殺せば英雄になる。数が、殺人を神聖化しているのだ」という名言もありますが、とりわけ『キッド』や『街の灯』、『ライムライト』が好きです。
晩年の『ライムライト』は、チャップリンの神髄ではないでしょうか。
老いた道化師が、希望を失いつつある若き踊り子に、光を託す。
踊り子は、この老いた道化師を愛してしまう。
けれど彼は、娘の愛をそっと胸にしまって老いていく。
それでも彼を愛する娘は、彼を舞台へいざなう。
そこでこの道化師は「最高の芸」を披露し、「思い切り飛び跳ねて」転落し、舞台袖で、踊り子の姿を眺めながら息を引き取ります。
愛を受け止められぬまま、芸に生きて芸に死んでゆくピエロが、私もたまらなく愛しい。
————————-
こんな話を思い出したのも、先日マイケル・ジャクソンの話題になったとき、エンジニアのTさんがマイケルの唄う『スマイル』を絶賛していたからです。聴いてみると、アレンジも歌もとっても良くて好きになりました。
この歌は、チャップリンが『モダン・タイムス』で自ら作曲したメロディに歌詞がついたもので、ナット・キング・コールが唄って有名になりました。
クリント・イーストウッドの曲にも感じましたが、こんな風に、人生の悲喜こもごもを口笛でも吹くように…風の中で微笑みにできたなら…。
チャップリンの幕切れはいつも素晴らしい。
マイケルは、この歌が一番好きだったそうです(お兄さんが追悼式で唄ってましたよね)。
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M.J
- 2009-07-29 (水)
- MY FAVORITE | cinema | music | 介護
ここしばらく盆休み前で仕事がたてこんでいるうえに、介護認定の更新でケアマネージャさんと打ち合わせしたり、日中は職場から何度もヘルパーさんに連絡したり、マンションと実家を何往復もしたり。
(実生活のことを記すとやはり愚痴になるな…)
自分でコマッタもんだと思うのは、こうしてたて込んでるときほど、寝る間を惜しんでアレコレやってしまうこと。
余裕のある時やればいいことまでやり始めるから、ただ要領の悪いバカ者だよね。
毎年夏は、2日にいっぺんは朝か夜にプールで泳いでいます。
ちなみに私の場合ダイエットのためではありません。
デスクワークや介護や、またギターの練習も…イライラしてくると
「あ〜思いっ切り動きてっ!!!」
と、なるのです。夏だし。
猛ダッシュで施設にINして、30分ヨガして、30分泳ぎ続け、頭が濡れたままサッとOUTする。自転車を飛ばして部屋に戻りシャワー浴びて身支度して、また出る…というのが私のパターン。のんびりサウナやマッサージはしないけど、爽快。
んで、仕事から帰って実家でケア。
父と祖母には柔らかい食事、兄たちのお料理はちょっと手抜き、ソウルはつまみ食いして叱られておわり。入浴の介助、洗濯、掃除、ソウルと遊んだりして……夜中にソウルと部屋に戻ってギターやピアノ鳴らして、寝る前に音楽やdvd鑑賞。
アドレナリンだけで解消して、5時間睡眠だけはキープ。
…….こんなんでいいのだろうか。
実家でお料理するさい、毎日思う。
———————
さて、記したかったのは(また)マイケル・ジャクソン。
ほんと、哀悼といいながら夢をいただいてます!
職場でもdvdが回り回っていて、マイケルフィーバーはやむ様子がない。

私は熱狂ファンじゃなかったけど、昔から兄の持ってる映像をみてたので、気持ちは理解できます。
「亡くなったからでしょ」なんて意地悪な意見もあるけど、たとえ莫大なプロモを仕掛けようが、連日テレビに同じタレントがいようが、また突如亡くなろうが、なかなかこうはならない。でもひたすらソニーが儲かるのかと思うと、ちょっと嫌なかんじ(笑)。
私の周りでとくに人気のあるマイケルdvdは『ライブ・イン・ブカレスト』。
これを貸すと、数人が「もうマイケル信者になりそう」といってなかなか返してくれない。
1992年ルーマニアでの「デンジェラス・ツアー」のライブ映像で面白いし、身体のキレが絶頂期のマイケルが、まさに全身全霊で踊り、そのうえ「生歌」で熱唱してる。
どんな演出も、あの歌唱力とダンスにはかなわない。マイケルの汗は本物だ。その熱気と冷静さのバランスも絶妙で、「大丈夫?」と思うほどのところでちゃんとファンを揺るがしていて、そのテクニックが憎らしいほどに上手い。
このライヴdvdだと歌詞がテロップで出てくるので、マイケルがかなりベタ(ストレート)な歌詞を書くことが判り、ときおり「?」なんだけど、でもとても純粋な人だということが伝わる。
MCもほとんどなく、人をアッと言わせるのが好きなマイケルらしいイリュージョンも楽しめます。
———————-
以前にみたのでうろ覚えだけど、マイケルが「ガンズ・アンド・ローゼス」のスラッシュ(ギター)と共演したとき。
スラッシュは完全に段取りを無視してソロギターをかき鳴らし続けてた。
暗闇のなか曲はとっくに終わり、スタッフは慌てて彼を止めにはいる始末。でもスラッシュはその手を振り払ってしまう。
そこに、暗闇の中もう一人の猛ダッシュの影が。それはたった今歌って消えたマイケル。
「弾かせておけ」というようにスタッフを追い払い、またすぐ脇に戻って衣装の早変わりをし、次のサウンドが流れてもまだ弾いてるスラッシュに衣装の帽子を飛ばしてた。
かっこいい〜。
「イッてしまう」のは一つのアーティスト性かもしれないけれど、ショーにおいては「イッてる」ように見せながらキチンと段取りできることが、とても大事なのではないかと思った。
————–
マイケルが膠原病を患っていたことも知らず、いまだに「あの肌は全身漂白に違いない」(現代医療ではあり得ない)というゴシップだけを記憶してる人がいると、「ちょいファン」にさえ呆れられる。やっとそんな時がきたのは、皮肉にも亡くなったあとだ。
でもこんなライヴを目にしたら、「黒い時とか白い時なんて、カンケーないじゃん」と思う。
「白人を意識したメイク・ファッションをしてたじゃないか」というなら、茶髪や金髪あたりまえ、外国人気取ったファッションを日常的にしている私たちはどォなの?と思う。
まして、バンドやったりしてれば、あのくらいの化粧や衣装は不自然じゃないし。
アーティストに対し健全でないことを責めるような意見を聞くと、“健康でいながらマイケルのもつ芸のうち一つでも勝てるものがないのに、言うなよ〜”と思ってしまう。
でも、あのライヴ映像をみていると、まるでそんなことは「どうでも良く」なってしまうのでしタ。

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アステアとマイケル
- 2009-07-21 (火)
- MY FAVORITE | cinema | music
舞台や映画に夢中だった学生の頃。
ある一人のエンターティナーを知って、人生の転機になった(かもナ)、ってくらい衝撃を受けてしまい、それこそ「三度のお菓子 飯より」ビデオがすり切れるほど鑑賞したMGM映画。
それはフレッド・アステアでした。
時は経ってこの数日、兄の持ってるマイケル・ジャクソンのdvdを夢中に観ていると、『スムース・クリミナル』で、ふと気づくことが。
あのよくテレビで流れている45°に傾斜するダンスですが、それはさておき、全体がある映画の場面を彷彿とさせる。
アステアの『バンド・ワゴン』のワンシーンに似ているのです。
ネットでちょいちょいと調べてみると、(マイケル・ファンの間では有名な話のようですが)マイケルは「アステアが大好きで、最も影響を受けた一人」だったそうで、あの演出はアステアへのオマージュと言われてるようです。
アステアはタップダンスなのでちょっと意外でしたが、マイケルのダンスを超越したパフォーマンスを観ていると、頷ける気がしました。
——————–
フレッド・アステア
ダンサーの間で神とよばれている人ですが、踊れもしない私が夢中だったのは、そのダンスから伝わる強烈なプロ意識でした。
『恋愛準決勝戦』(1951)
私が幼い頃はフラッシュダンスやブレイク・ダンスが流行っていましたが、アステアのダンスには「うああっ!すっご!!」と口が開きっぱなしでした。
その「うああっ!すっご!!」の瞬間を5ポイントにまとめますと、
①アステアには重力がない。
足が床から、大根の皮1枚ぶん浮いている。
②他のダンサーより卵1コぶん、足や脇が高くあがっている。
また、まばたき1回ぶん、動きが早い。
③ダンスナンバーの「出だし」と「幕切れ」がサイコー。
④「簡単な振り」→きっちりと
「難しい振り」→いともさりげなく
洗練=アステア。
⑤ダンス・パートナー(女性)が素晴らしく引き立つ。
(以上、ヘンテコな尺度ですみません)
①、②は頭一つ抜きんでる者の血の滲むような努力が想像できますし、ダンスに限らず、身体の重心の置き方の勉強になります。
③、④は演技力はもちろん、そのセンスに脱帽。
当時は長回しで撮るわけですから、フィルムを無駄にはできません。
リハーサルを重ね、一発(か、数回)で決めるのだから、いやはや。
『スウィング・タイム』より(ボー・ジャングルの踊り)
ほいで⑤ですが、アステアとデュエットする女優さんは皆、魔法のように美しい踊り子に変身します。
大柄なジンジャー・ロジャースも、筋肉質なシド・チャリシーも、踊れたっけこの人?てな女性も….アステアは「影」に徹し、しなやかにリードする。
オードリー・ヘップバーンも、アステアとのダンスを熱望した女優さんの一人です。
『パリの恋人』
———————
マイケル・ジャクソン
アステアで熱が入ってしまったけど、最近、寝る前に観てしまうのがマイケルのダンス。
「いまごろ〜?おっそいよ〜ばか〜!」
って言われてますが、ほんとこれ↓サイコー。
マイケルのダンスも、やはり「早い」「キレイ」「高い」の3拍子が揃っていて、群舞の中で抜きんでてみえます。
アステア同様、独自のダンスであり、ダンスナンバーの演出や振りを自分でしている。
頭の中に、完成度の高いイメージがあり、強烈に体現していく。
ステージの下の汗や血や涙は、微塵も見せない。
激しいナンバーのあと、呼吸の乱れもみせずごく自然にフッと微笑む。
…だから感動してしまうのだ。
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ボウイー&ゾウイー
- 2009-06-09 (火)
- MY FAVORITE | cinema | music
ネットでニュース記事を読んでて、ふとあるポスターが目に入った。
「あ、このデザインいいな」…と、ここでなにかが直感。

記事をみてみると、な〜んと!
デヴィット・ボウイーのひとり息子、ゾウイの映画監督デビュー作品が来年公開。
「や、やっぱり…」
このポスター、まるでボウイーがデビュー作で唄った「スペース・オデティ」の世界。
内容も、「宇宙に取り残された男の孤独と恐怖」という。
ボウイーといえば、ファンのイメージには、やはり「宇宙」とか「孤独」とか「狂気」とか、そんなキーワードが浮かぶのですが、やはり血は争えませんね。
お父上は、自らの美貌をもって音楽と視覚パフォーマンスを一体化させたロックシンガーですが、その息子さんがこのような映像作家になられていたなんて…ね。

ここでファンが知る、ちょっといいお話。
ボウイーは、デビュー間もなく二十歳そこそこでアンジーという女性と結婚します。
70年代を迎え、ボウイが「グラマラスなロックの到来!」と世界中で騒がれた頃です。
当時のツアーでは親子3人で来日(@武道館)もしていますし、お人形さんのように可愛い息子さんの名前が「ゾウイー」というコトバ遊びみたいな名前もあって、日本の雑誌にもたくさん写真が残っています。
ところが二人は、離婚します。
妻のアンジェラには、散々な告白本など出版されてしまう。
いっぽうでボウイーは、この息子さんの親権を何年もかかって手に入れます。
私が感動してしまうのはここから。
人気絶頂期のスーパスターが、実は片時もこの幼い息子を我が身から離さずに育て上げたということです。
薬物、女性(男性もありでしょうか)…まだ若く、ゴシップに追いかけられるロックシンガーならば、たいてい子供は母親が親権をとりますし、その後も再婚を繰り返す人はざらにいます。
でもボウイーはドラッグと音楽の狭間で苦悩しながらも、息子の親権をとり、旧東ドイツ(ベルリン)に旅立ちます。
ちゃんと息子にゴハンをつくり、洗濯や送り迎えもしたそうです。
夜は宿題を手伝い、コンサートツアーには家庭教師を同伴で連れ立ち…
そうして仕上がったのが「ベルリン3部作」であり、その後の作品です。
人気で自分を見失いがちな世界で、なかなかできることじゃありませんよね。
表現はトガっていても、奥底はとても良心的でまともな感覚も持ち主なのだろうと思うのです。
その後、「息子が二十歳になるまでは再婚はせず」に、本当にゾウイーが独り立ちしてから、50歳ちかくに現在の妻イマンと再婚したのです。

そんなダンカン監督(ゾウイー)にとっても、父親は無二の存在のようです。
この映画の試写で、仲良く肩を組んでそっくりな笑顔してた二人の写真がありました。
ぜひ、この映画も日本で公開して欲しいです。
↓似てる…目元が。
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