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2008-07

love

ソウルはいま、

「モフモフ」がだーーーいすき!

である。

モフモフは、ちっこい。

にもかかわらず、ソウルはモフモフを追いかけ、捕らえ、眺め、見張り…
我慢できすにつっついては、うっかり狭い場所にシュートする。

そのたび冷蔵庫を移動して取り出してやる相棒(わたし)は汗だらだら。
隠そうものなら、ソウルは必死に探す。
寝ても覚めても(ごはんのあとに)愛しのモフモフを探し求める。

…見ていて哀れだ。

見かねてそっと出してやると、

「(突進!)…がぶっ!」

そしてまた、

見張る → つっつく → ちょいちょいする
→ うっかり転がす→ 追いかけ噛みつく
→ 見張る → つっつく(∞エンドレス・ラヴ)

…不器用な愛情表現だ。

オンナフタリアツマレバ

きょうもおるすばんだったソウル。

わたしはアヤさんと青山へ。

たくさん歩きました〜。

女2人集まれば、話は6時間にわたる(?)。
でも楽しいから、あっっっ!!!という間。

それにしても、アヤさんも私も相変わらずテンションが高い。
買い物しながら会話していてふと隣をみると、わたしたちは間に3人またいで会話していた。
キディランドでは、気づくと棚越しに会話していた。
私はてっきり隣にいるものと思ってた。

表参道、すっかりブランドストリートになっちゃった。
あまりビルばかりだと、以前の隙間(路地)が恋しいな。

というわけで、さすがに夜はくったりして帰宅すると、部屋はソウルに荒らされたもよう。
加えて、マズル(ほっぺ?)を膨らませてさかんに抗議&スト決行のもよう。

…が、冷蔵庫開けるとあっさり投降。

…あほ。

S.Sさんのこと

きのう1日、よいこにおるすばんできたソウル。

きのうは、Sさんと恵比寿でご一緒した。

Sさんは映画やアニメの脚本家さん。もともと兄の大学の先輩で、私も仲良くさせてもらっている。
今や一線で活躍なさってて、すごいなあ〜といつも思う。
が…いろんな笑えるほほえましいエピソードがある。

いつかSさんが今より有名人になったときのネタに、書き留めておこうと思う。

  1. Sさんは大学の合宿で、宿泊した旅館の下駄を履いたまま東京に戻った。
  2. 新入生に熱くサークルの勧誘をしたSさんは、教室を出たあと数人に追いかけられていた。見ると隣のサークルの資料を全て持ち去っていた。
  3. 雨の日。店の傘たての前でちょっと悩んだSさんは、私の傘を手に持ち去った。「それ、わたしのです…」というと、「ああ!見たことあると思ったら…君が持ってた傘か〜あはは」と笑っていた。
  4. 考え事をしていると逆方向の電車に乗って終点までいってしまう。
  5. ある朝、飼い猫が玄関の前にねずみを数匹並べてくれていたらしい。
  6. 自称・松田優作である。
  7. B型である。

熱中すると、視野が幅1㎝になってしまうSさんのこと兄は大好きで、いつも話していました。その話にフィクションがなかったことを実感。
そんな人だから、仕事にも一途なんでしょうね♪
お子さんもすごくかわいいくて、怪獣や、お話の創作が大好きらしい。

それにしても、陽射しの中で楽しい一日でした!

「ボレロ」& ジョルジュ・ドン

春先ごろから、「ヨガラティス」に(3日にいちどくらい)励んでます。
その名のとおりヨガ+ピラティス…めんどうだからこれにしちゃえ。とDVDを買って1年眠らす。
やってみると、ストレッチにヨガ的精神性が加わってストレスを解消してくれる。

…その効果は別として、スタジオではよくヒーリングBGMがかかっているけど、自分の部屋でやるとき必ず初めに流す曲がある。
それが、ラヴェルのバレエ曲「ボレロ」。

誰もが耳にしたことあると思います。
タン・タタタタン・タタタタタタタタタ…まさに淡々と同じリズム、メロディ(A/Bパターン)が延々繰り返される。
第一フルートのものすごく小さい音量で始まり、楽器たちが「つぎはワタクシ」「お次はオレ様!」とキャラクター性豊かにかわるがわる登場し、さいごは壮大なテーマとなる。

見事なオーケストレーションで、単調だから演奏が難しい。同じメロディが色っぽくなったり、迫力のソロになったり…色んな指揮者のcdで聞き比べるのも楽しい。
ロリン・マゼールは驚くほど早いし(15分ほど)、カラヤンはゆったり(当のラヴェルは17分を望んだという)。

なぜエクササイズでこの曲?といえば、わたしが単細胞で、コノ人を思い出すからです。

ジョルジュ・ドンは、20世紀バレエ団でモーリス・ベジャール(振付家)の「ボレロ」を踊って伝説になった、今は亡き名ダンサー。
映画「愛と哀しみのボレロ」で実際に踊っている。
監督がクロード・ルルーシュ(「男と女」)で、カラヤンやヌレエフやピアフが一同に集まってしまう映画。

…彫刻じゃないのかと思った。その彫刻が躍動をはじめると、あまりに美しくて、ラストのボレロでは口が開いてしまった。

緊張、躍動、情熱。
「ニンゲンの肉体一つで、これだけ感動させてしまうなんて」

このラスト観たさに何度も再生し…というわけで、この映画の記憶にはジョルジュ・ドンしか残ってない。
名ダンサーは他にもたくさんいるけど、この人、好きだった。
だからエイズで亡くなってしまって、無性に悔しいと思った。

そんなことを思い出しながら、朝、寝ぼけてエクササイズどころじゃない気分の時は、この高揚感で「がんばろ」と思うのでしタ。

ラストの「ボレロ」はお楽しみとして…同じ劇中「ベートーベン/シンフォニー7番」で踊るジョルジュ・ドンも素晴らしいので、よかったらどうぞ。

family

ソウルは実家にいくと気がおおきくなる。

食事のとき、テーブルの上に乗らないものの、兄1の足下に忍んではおかずを横取りし、兄2の背中に忍んではおかずを脇から奪う。

唯一厳しい祖母は、ソウルが手を出す瞬間ティシュケースで、”ばこんっ”
…ネコに負けぬ素早さで阻止する、驚異の94歳だ。

そこで疑惑が浮上した。

私 「おにーちゃん、叱って構わないよ〜」

兄2「俺たちは叱らない。」

私 「ナ、ナンデ?」

兄1「役割分担てもんがあるだろう?…叱るのは飼い主のオマエの役目だ。」

私 「…嫌われたくないんでしょ。」

兄2「当たり前だ。俺たちはソウルに好かれたい。」

ナニソレ〜…男の人って、なんだかずるい。

初め渋々ソウルを迎えた父にいたっては、今や

「コリャコリャ、おじいちゃんのとこにおいで」

おじいちゃん?!
…わるいけどソウル、おとーさんの孫じゃないから ヽ(゚Д゚;)ノ

みるとソウル用に油抜きした細かい魚が用意されてる。考えてやってる、ってわけだ。

ソウルのほうも実家では私に近づかない(むか!)。

「the way we were 」

どんな凝った映画をみても、好きな作品は?と問われるとふっと浮かぶ。いつまでも「映画っていいナ」って思える、そんな作品。
冒頭とラストで胸を撃ちぬかれたら、その映画は間違いなくウェル・メイドではないでしょうか。

the way we were -「追憶」

テーマ曲が大変有名で、中学生のときまず歌を知る。ラジオから、バーブラ・ストライザントの「Hm..m..」という情感豊かなハミングが聞こえて、思わずボリュームを大にした…あのハミングが素晴らしいのは、彼女がヒロインを演じきっているからだった。

冒頭、ケイティ(B.ストライザント)が白い海軍服姿のハベル(R.レッドフォード)と再会し、前髪に触れると回想シーンが始まる。
柔軟さも身のこなしも自分とほど遠い彼の姿を、ずっとみつめている…そんな女心に切なさを覚える。

このラストは、中学生で観たとき悲しくて仕方なかった。
“こんなに好きでも、思想が違うと(男女は)一緒になれないの?”
惹かれるのは、自分と違うから。
けど近づくほど、“肯定できない何か”が埋まらない。
相手の個性や思想を曲げることは、違うから…彼女の場合、離れるのは、好きだからだ。
しなやかに寄り添っていければいいのだけれど、気が強くてまっすぐなケイティが、かえってけなげに映る。

男女の核心を突いてるような気もするし、単なるラヴ・ストーリーではなく、レッド・パージ(赤狩り)の時代を背景に生きる姿勢を問われているような気持ちになる。
けれどポイントはどちらが正しいか、ではなく、どう愛し合ってゆくか…思想の違いを尊重しあってゆかなければ、世界は成り立たないから。

ラスト、ケイティがハベルの前髪に触れると、またあのハミングが流れる。何度観ても涙が出てしまう。
バーブラ・ストライザントの歌、いいです。
1975年、全米で流れた彼女の歌唱がyou tubeにあった(って、すごい…)ので添えておきます。

ながいいちにち

ソウル、フランス猫になって哲学する。

陽のあるうちにと、バタバタお掃除してる間じゅう、

先回り→座り込み→一点をみつめ思考→追い払われる

…その証拠写真の数々。

いったいなにを考えてたのだろうか。

「Après un Rêve」夢のあとで

気づくと胸に刻まれている、そんな音楽や絵、物語があります。
ふと呼びかけてきたり、通奏低音のように鳴りやまなかったり、起爆剤になったり。
weblogをふたたび始めてしばらく…“発信する”というフィルター越しに、それらを思い出したくなりました。
「これ、いいよ」くらいの情報ですが、私の小さなライブラリー。その目録を少しずつ記していこうと思います。

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「夢のあとで(Après un Rêve)」は、仏の作曲家、ガブリエル・フォーレの歌曲。

音大を卒業して、クラシックとは全く別の世界に向かった。学びの時間は終わり、音楽的自立のとき。以来、なぜかクラシックの話題を口にしなくなった。
だいいちモーツァルトが、とかフォーレが、なんて会話はまず出てこないし、場所によっては「ベートーベンが好き」を「ドストエフスキーが好き」と同じくらい口にしたくなかった。
そんなある日、ジャズに誘われた。「フォーレだ…」編成もアレンジも、自由で良かった。と同時に、改めて原曲の良さを思った。

歌曲は、簡単にいうとオペラと違い、詩に主旋律とピアノ伴奏をつけた独唱曲を指す。オペラほど知られていなけど、いい曲がたくさんある。
私はよく先生に「あんたの声はアリアより、リート(ドイツ歌曲)だ」と言われた。つまり、私のような声はオケと絡む華やかな曲には向かず、カンツォーネ(伊)よりはリート、オペラアリアよりは宗教曲(カンタータなど)というイメージだった。
ピアノ1台がオケの役割をするので、伴奏も美しいし、作曲家の詩に対するロマンがシンプルに伝わる。

「夢のあとで」に出逢ったとき、ほんとうに夢の残り香のような色っぽい曲だと思った。出だしから終わりまでなんていい曲なんだろう!と楽譜を探し、お小遣いで買った。
フォーレの甘美で、素朴ながらもおごそかなハーモニー。
バイオリンなど、弦の音色がとても似合う。
ネットで閲覧してるとチェロの演奏があったので、リンクさせていただきました(「おっおっお〜♪」という歌声が苦手な人にはおすすめです)。

未聴の方は、ぜひ…出逢ってみてください♪

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