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2008-09

paul newman dies

ポール・ニューマンがご逝去された。


ついひと月前にも書ききましたが、物心ついたころから一番好きな俳優さんでした。
このさき作品を観るたび「もういない人なんだ」と思うのがとても寂しい。

上のような、兄弟みたいなレッドフォードとの姿をみると、あのブッチとサンダンスがまだ生きているみたいでうれしかった。

『明日に向かって撃て』より

一番好きなシーン。「雨にぬれても」が流れる、自転車の場面です。

いろんな意味でアメリカの「良き面」の象徴であり、男性像としても、またジョアン・ウッドワードとの“おしどり”ぶりも…いろんな面で憧れでした。

また一人、おばーちゃんがファンの人が逝ってしまった…なんて、教えないでおこうと思います。

guitar

弦の音色って、ほんとにいいです。

今年、クラシックギターをはじめたわたし。

ひとつは、自分のため。
ギターが弾けるようになりたいから。

もひとつは、おばーちゃんに「古賀政男」を聴かしてやりたいため。
ちと方向が違う…いや、かなり違う!んだけど…ま、それはいいとして、耳が遠くなったおばーちゃんに音楽きかせてあげたい。

ともあれ今はブログもギターも、ストレス解消にしています。
ただ、このかた(↓)にはストレスになっているかもしれません。

ふと街で目にして見学した教室の先生も、私には合っていました。
挨拶するやいなや、椅子に座らされて、ギターも持たされました。
「うわあ、」と眺める間もなく、「右の爪は短く。」「はい。」
「では人差し指で、ココを弾いてください。」「はい(ビヨ〜ン)」
「もう一回」「(ビヨ〜ン)」「もう一回」「(ビヨ〜ン)」
…もうひたすら、いっぽん指で「びよ〜ん、びよ〜ん」

そしてドレミファソをひと息に教わり、「ちょうちょ」をゆっくり演奏。
すると先生が素晴らしい「伴奏・ちょうちょ」を奏でるじゃないですか。もう、たかが「ちょうちょ」で自分がすごいアンサンブルしてるような気分…になったところで、タイムアーウト!

「1曲弾けましたね」「(じ〜ん)」「ではこれ、宿題です」「がんばりまっす!」…楽譜のコピーと入会申込書を手にすっかりやる気になった、流されやすい私でした。

いちおう楽譜が読めるのは幸いですが、いざ始めると自分の手先の不器用さを思い知らされます。
もう脳と一緒に、末梢神経の老化も始まっているとしか思えません。
たとえば、先生が私の「中指」をつつく→私の「小指」が反応する…という具合です。ピアノよりもどかしいです。

それでも、弦と音階の法則がわかると「禁じられた遊び」のメロくらいは弾けるようになり…。

ロドリーゴ「アランフェス協奏曲」

「アランフェス協奏曲」ですが、盲目の作曲家ロドリーゴが、スペイン内戦中に生みだした名曲です。
なかでも、コールアングレ(オーボエみたいな…「笛」です)のソロにはじまり、クラシックギターの壮麗なアルペジオが登場する「第二楽章」は、きっと誰しも耳に覚えがあると思います。
思えば昔、朝から父親がよくイエペスのギターを聴いてました(今思うと暗い朝だ)。

ナルシソ・イエペス「アランフェス協奏曲」

すばらしい☆パチパチパチ…
あれ、ソウルが逃げない…
やはり私のギターは、まだ「音楽」になっていないということです 。
わかる…わたしもそー思う(;_;)


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たのしいかいわ

本人には異論ありでしょうが…
わたしはときどき、ソールがうらやましい。

でもそんなとき、ふと思いだすある人のコトバがある。

以前の職場の先輩に、Mさんという第一印象が爽やかで、上司を言い負かすくらい明朗で、シャープな眼鏡の下に大きな瞳が澄んだ女性がいました。
結婚退職されたあともとても良くしてくださって、よくランチしました。
彼女は早口なのですが、喋ると集中するあまり食事の手が止まってしまうような人でした。

ある日、ソウルを迎えたマンションに遊びにきてくれたMさん。

お茶をしながら、わたしが「猫っていいな〜」というと、彼女が「ええっ?!なんで?」と驚くので、「だって寝てばっかりだし。」と言ってみたところ、意外な答えが返ってきた。

M女史「でも、食べ物がなかったら?」

わたし「じゃあ…飼い猫!食べ物もらえるし。」

M女史「わかりませんよ!飼い猫が、必ずゴハンをもらえるとは限りませんよ!」

わたし「じゃあ、家人が健在で…」

M女史「わからないですよ!主人がゴハンをやりたくない日もあるかもしれないし。必ずゴハンがもらえる、と思われても困るし!」

わたし「(汗タラ…)たしかに。」→猫の身になって想像するとコワイ。

このような会話を大マジで展開してくれるMさんが、すき。
彼女となら、たとえば「焼いた食パンの表と裏、どちらにジャムをぬるほうが美味しいか」なんて会話も、きっと延々とはずむのだ。

彼女はソウルを撫でながら、真剣に「自立できないことの恐ろしさ」を訴えているようでした。
それは彼女の地に足のついた堅実な生き方が伺える(しかしながら時折ふんわりしてる人ですが)とてもためになる意見でした。

逢いたいな。

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ぼうず

ソウルはすこし、おとなっぽくなったと思う。

いっぽう、わたしは…
はずかしくも地域のガキンチョどもと一緒に、どこぞの爺さまに叱られた。

私は、ある駅を目指して自転車に乗っていました。
そこに自転車ごと乗り入れられる「地下通路」があって、『通路内は自転車を降りましょう』という看板が初めての者にも認識できる位置にありました。

そこへ、チャリンコ少年たちがやってきました。
「うえ〜い!」…意味不明な奇声をあげながら私を追い越し、通路をくだっていきました。
一瞬「おりなきゃ」と思ったものの、通路を見通しても人がいなかったので「いっちゃえっ」とバカな私は、元気なやんちゃどもに紛れて通路をシャー!….それも一緒に「うい〜!」なんて声あげながら。

すると…
ほら、よくいるじゃないですか、自称「そこの主」が。

その爺さまは、トンネルの上から「コラっ!まてい!!」
よろめきながら自転車で追いかけて来るではないですか。
少年たちはくすくす笑いながら素直に自転車を止めました。

爺さま「おりろっ!おまいら、こ、ここにならびェッ!」

やんちゃどもはさっと整列。私はそのとき七分丈のGパン&Tシャツに帽子で、どうも女性と気づかれぬまま睨まれたので一緒に並びました。

あとはご想像どうり。こんなベタに叱られるのは中坊のとき担任のFに「にげられんぞ」とジャングルジムで捕まって以来…。

叱られた少年たちは「はーい」「わかりました!」
は心で、“おまいら嘘つけっ!”と思いつつも「スミマセン(大人ナノニ)」
爺さま「坊主わかったか!」
心の中で、“ジサマわたしは大人です、それに女子です”と思いつつ「ハイ」

一瞬、ジサマの視線が「お?」と私に向かいましたが、もうなんでもええ!という感じで「よし!」…みんな「うえ〜い!」…だだっ!と一目散に自転車へ。
私が躊躇していると、少年が「もういいんだよ!」と言ってくれて…

なにが情けないって、私は叱らなきゃならない立場なのに…でもこうして書いてみると、いい歳した女がガキンチョと間違われてるほうがマズいような気もします。

とにかく、なぜ叱られたのか、が大事です。
「自転車にのって、もし人がきたら危ないだろう」ということだ。

じさま…私も激突して前歯が欠けたことあります。よく反省します。


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ミルククラウン

水面にうかんだクラウン。

あのクラウンを、手にできたなら。

週末、犬堂一心監督の映画「グーグーだって猫である」を観ました。
原作は大島弓子さんのエッセイマンガ。
原作を知らない方にはどう映ったのかな…とは思いましたが、犬道監督のチームは筋金入りの大島弓子ファン(学生フィルムも「赤スイカ黄スイカ」だったそうな)ですから、私はちょっと嬉しかったです。

映画ですが…これは猫のお話ではなく、人間、動物、生きて歳をとる者達のお話でした。

病と闘う主人公の元に、その先猫のサバが人間の姿で現れて、あったかい暖炉のともる部屋の中、一緒にほっこりお茶を飲みながらしんみり思い出話をするシーンがあります。
さりげないシーンですが、どうしようもなく泣けてしまいました。

大島さんの作品には、私は幼い頃から何度も感動を受けてきました。
90年代頃まで、それはもう素晴らしい作品が溢れるように発表されて…それが10年前くらいから、すこしコマに「余白」が多い気がしました。
以前は、細かい花びらや木の葉でコマが埋もれて、「もう、あたし、生きてるだけでうれしいの。人生、抱きしめちゃいたいの。腹がたっても悲しくても、やっぱりこの世が好きなの!」といわんばかりに、少女が飛んだり、走ったりするのですが、…あとからこのエッセイマンガを読むと、いろんなコトが彼女の身に起きていたのだと知れます。サバとの別れ、重い癌の発見、闘病、長年住んだ住居からの引っ越し…今描かれているエッセイマンガには、彼女の実人生が描かれています。
そして、おそらく実人生には器用と言えない彼女が、いま懸命に生と向き合ってらっしゃる様子が伝わります。

このことがなにより嬉しく、「大島さんは、ちゃんとめいっぱい生きている」という感動でいっぱいになる私でした。

———————-

ずっと子供と思ってた。

それが人間の三倍の早さで年をとり、いつのまにかあたしのお母さんみたいになって…気づくと、あたしのほうが、あなた無しにいられなくなってたのよ。

あたしは、お前の好きなもの、きらいなもの、なんでも知ってたわ。

でも、お前だって私のこと、一番知っていたのよね。

いつも、一番そばにいたから…逢いたかった。

逢って、お話してみたかった。

どうして、いつも一番好きだった瞬間は、気づくと過去なんだろう。

いつも、あのとき、あのミルククラウンをつかんでいれば…って思う。

でもまばたきして目をあけると、…そこにはもう、消えてるんですよね。

Oceanlane

明け方、つけ放しにしていたTVからSADE(シャーデー)の「Smooth Operator」が聞こえてきた。

男性ボーカルで、とてもいい感じ…浅い眠りだったので、バンドを確かめたくなって起きあがってみると、なんと日本人の若い青年が唄っていました。
ちょっと驚きました。英語がかなり流ちょうなのです。

見るとOceanlane (オーシャンレーン)という、「ロサンゼルス育ちの日本人HAJIME(vo,g)と、イギリス人の父を持ち高校時代をイギリスで過ごしたKay(g,vo)、幼なじみの二人が中心になって2002年東京で結成されたバンド」という…もう4枚もアルバムをリリースなさっている、人気のバンドだったのですね。

どこか繊細なUKロック的なサウンド、HAJIMEさんの声も温かい。いい洋楽だナ、と思ったら日本人の少年だった…この感覚、すこし懐かしいような、不思議な心地よさでした。他も聴いてみたいです。

ありがとう

本日0時すぎ。

祖母の入浴のあと、残業から帰宅した兄と入れ替わりに家を出た。
遅くなったので慌て飛び出し、ふと数軒先の街灯の下に目をやると…
そこに見慣れた猫が、力無く横たわっていた。

まるでスポットライトがあたるように、私の目に飛び込んだ光景。

「!」…思わず息がとまり、口元に手をあてた。

その子は、時折みかける近所のノラちゃんだった。

細かく思い出したくない。悲しい出来事はここで書き込まないようにしている。

けど…ノラのことは、やっぱり記そうと思う。

我が家の前は細めの車道で、近年は駅への抜け道として交通量が増えていた。とはいえ、深夜はまばらなものだった。
この子は、昼間は見かけない。かわりに、ひと気や車の少ない深夜になると現れる。
そして私のように遅くに出歩くと、運良くこの子に巡りあえた。
とくに今日のように遅くなると、内心焦りながら夜道を急ぐ…そんなとき、ふとこの子の姿を見かけると、なぜだか心が安らいだ。

通りの真ん中、月あかりの下で毛繕いする姿はとても優雅で、美しい笛の音でも聞こえてきそうだった。

目があうと、じっと見て、また毛をなめていた。

触れようとすると近くの野っ原に逃げるけど、そのホワイトベージュの毛並みが、タンポポ、夏草、コスモスやススキに埋もれて、逃げる姿もまたかわいくて…

雨の日にあの子を見かけると、「ウチのソウルは幸せだな…でもどっちが裕福か人間にはわからないナ」なんて思ったものだ。

….私は事故に遭った猫、息絶えた猫をみるのが初めてだった。

いえ、気がつかなかっただけかもしれない…ソウルと暮らすようになって私の目線が低くなったのかもしれない。

猫は、危険を感知するとひたすらに前進するという。後ずさりや尻もちがつけず、危険を切り抜けようと前進する、そういう習性らしいのだ。
私はその話しを聴いてますます猫を愛しく感じたものだけど、こんな風に直面すると…脳内が参ってしまった。

すぐに家にいた兄と警察(これが日中なら連絡先は別)に電話した。相談すると警察は快く引き受け、場所を訊ね「そのままじゃかわいそうだ、すぐに向かいます」と約束してくれた。

幸い、身体はほとんど元のままだった。寝そべっているようにも見えた。
車道の脇に、布を被せ、家にあった花と、一番いいお線香を灯し…タイムリミットがきた。兄は私を促し、その後も警察を待ってくれた。

それで良かったのかわからない。まだ頭がしびれている。

私はもう、夜道に佇むあの子に逢えない。

月明かりの下のお前が、とても好きだったよ。

寒い冬の夜道も、お前を見ると勇気がでたよ。

ねえ、お前は幸せだった?

私は今夜、たくさんお前のことを想うよ。

あのね…

お前のさいご、私に気づかせてくれて、ありがとう。

ほんとうに、ありがとう。

ごくろう。

一句。

きょうもげんきだ ごはんがたりない (by そうる)

にゃん国・アビ自治区の、ソウルさんからでした。(“句”ジャネ~!)

敬老の日は、実家にておばーちゃん(94歳)を囲んでお祝いしました。

ソウルは台所でそわそわ、「ぐる、ぐるわっ!」と大コーフン。

相棒はもちろん、この調理タイムに一番の運動量を消費しているのは、ソウルです。
私が鍋やまな板を行き来するあいだ足下にまとわりつき、流しにジャンプしては「ひじ鉄」くらって落下し、油のはねる音に驚いて飛び去っては、また物陰から様子みて近寄ってきたり…てーへんだ状態です。

兄2人は相変わらずソウルに甘いです。

たいていソウルは先に家にいて、兄たちをお出迎え。
そして「しゃー!(台所に入るでない!)」
兄も(やめればいいのに)「入らせてください、座らせて下さい、ソウル先生!」なんてちょっかい出す。
ひとしきり猫パンチ浴びせたソウルは、食卓の料理に気づくと同時に、席についた「祖母御大」に気づく。

「…やられる!」(ティッシュ箱で)

慌て食卓より飛び降り、テケテケ…兄の足下で小さく「シャー(のるぞ!)」

そして兄のお膝にぴょんと乗り、また「シャー(用意せよ!)」と指令。

お皿のごはんより、こっそりもらう魚がおいしいんだよね〜コレガ。
ともかくこんな日は美味しいお魚たべて、嬉しそうに食後の毛繕い。

ごくろうさま、ソウル。


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