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2008-11
ふゆじたく
- 2008-11-30 (日)
- MURMURE
久しぶりの快晴。
こんな高気圧の日は1日がうまくいきそうで、前向きな気持ちになるから不思議…

さいきんギターを弾いてると、ソウルが私の背中にもたれて丸まって眠る。
きっと寒いんでしょうね…ついでにギターを爪でひっかくので、もしや「ギター弾きの猫」になるかも?なんて。

年末ちかくなると、慌ただしさが駆け足でやってきます。
そんな中、ほんのちょっと部屋の模様替えをしました。
カーテンは暖房効果と、防音効果もあるとのことで、厚手のものにかえました。
いまほんのひととき幸せを感じるとしたら、ソウルとギター弾いたり唄ったりしてるときです。
こんな時間も、なかなか捻出できないんですよネ…。

ところで我が国はこんな状態で来年に流れ込むんでしょうか。年金の改ざんが「組織ぐるみ」だったなんて…犯罪じゃないの。
「〜な国に比べたら、日本人に生まれて幸せだよ」なんて言ってしまっては、はじまらないでしょう。
私なんかも、ぼんやりしてちゃいけない。
11月、おわり。
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「La caduta degli dei 」(1969)
- 2008-11-16 (日)
- MY FAVORITE | book | cinema
ちょと悲しい。

実家に残した「ブッデンブローク家の人々」がまた読みたくなって本屋さんを渡り歩くも、どこにもない…検索してもらったら「絶版」とのこと。驚きました。
インターネットで調べても入手不可能ばかり。「復刊リクエスト」のサイトが出てきて、「ああ、本当にこの国では入手不能なんだ」と落胆しました。古本なら持ってるし、いいや!と憤慨しながら帰りました。
トーマス・マンの中でも、ノーベル文学賞が授与された(対象作品)この名作がないなんて。
「楡家の人々」(→アイデアもらってる)の北杜夫や三島由紀夫が聴いたら怒るでしょう。
いまはインターネットでなんとか手には入るでしょうが、映画からつたったりして読みたがってる大人子供がいるのだから、こーゆう名作は残しておいてほしいです。
「地獄に堕ちた勇者ども」
ナチスドイツを舞台にある一族の滅亡を描いた「地獄に堕ちた勇者ども」、この作品も(マクベスをベースに)「ブッデンブローク家の人々」がモチーフとなっています。
「焚書」という行為を知ったのは、中国の「文革」を教わったとき。
書籍(紙)が自然発火する温度が華氏451℃と知ったのは、ブラッドベリを読んだとき。この中では、人が書籍そのものとなる。
そして「地獄に堕ちた勇者ども」の中ではトーマス・マンの書籍もナチス・ドイツによって「焚書」されている場面がある。
存在した自国の文化を「消去」するなんて、パソコンのデリートキーじゃあるまいし、しょぼい革命だ。
燃やしたきゃ燃やせばいい…殺し、潰し、処罰というパ フォーマンスによって知的財産を失い、伝統や、大衆の生活に根ざした尊厳までをふみにじり、憎悪を膨らませ、迷走させればいい。
けれど、勝てっこないだろう。損失ばかりだろう。
形が消えても精神が残るように。
靴があって足があるのではない。足の発育に合わない靴は破れるか、てん足になって走れなくなるんだ。
数世代後には、「ン十年の足踏みさせたよね」と囁かれるのがオチだ。
せめて学ぶものがあるなら、文化は政府がいじくるものではないということだ。
どう進化するかわからない。
靴の流れで思えば、政府が民衆と追いかけっこしたって、どんなに先回りしたって、よくも悪くも民衆の「足」はバカにならないのだ。
ある場面。この映画に登場する家族の中で、唯一事件にのまれていない青年がいる。
父を殺害されて怒りに満ちた青年に、親衛隊の男は「君の怒りを復讐に向けるのはもったいない。そんなくだらないことに力を注ぐな。君の力は、今こそ我らとともに…」と囁きながら導いていく。
ヴィスコンティはこの作品においてこう語っています。
「いっさいの人物に救いを与えてはいけないと思った。(中略)それがナチスというものだったからだ。」
そんなことを、時代を経て一つの映画が教えてくれるのだ。
ヴィスコンティ・マジック
俳優ヘルムート・バーガーは監督の死後、自らを「未亡人」と語ったという。
この作品で際だっていた青年が、若きヘルムート・バーガー。
網タイツにカツラで「嘆きの天使」をうたう倒錯した瞳は、とてもデビュー作と思えません。
彼はヴィスコンティに見出され、監督を敬愛した。
このデカタンな映画には、羞恥心がある。だから好きなのです。
決して倒錯趣味の映画とは思わない。もしそうなら自分の嗜好ではありません。
この映画にはもう一人、若きシャーロット・ランプリングが登場します。
その美しいこと…優雅な雌豹のような眼差しに、ため息。
私の好きなロミー・シュナイダーは「ルートヴィヒ」でエリザベートという当たり役を得ていますし、アラン・ドロンは「若者のすべて」で世界的になったそうです。
ヴィスコンティは役者にピタッとはまる個性を植え付けてしまう恐ろしい力があります。
役者にとって、その後が幸か不幸かわかりません。
けれど役者としてこれ以上の悦びも、ないかもしれません。

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「Morte a Venezia 」(1971)
- 2008-11-12 (水)
- MY FAVORITE | book | cinema
(ヴィスコンティ映画のつづき)
「ベニスに死す」思いの丈を記。
トーマス・マンの小説から出会った美しい映画です。
私の幼い頃には監督はこの世におらず、初めてみたのはレンタルビデオの時代になってからでした。

ドイツ文学の至宝
一族をみつめ、友をみつめ、人生をみつめ…今じゃめずらしくもない内容ですが、マンの処女作「ブッデブローク家の人びと」は、“ある一族を数代にわたってみつめる”、といった物語の指標ではないかと思います。
“家族って、夫婦って、家って、そういうとこあるわよね…”と思わせる語り口は、本当に面白い。
これが26歳の作品…すごい観察、洞察、表現力!と驚かずにおれません。
私は、この作品の中の「トーニ」というお転婆な女の子が大好きです。この子の描写を読んでいると、なぜか私の祖母が浮かんでしまう。オバーチャンて、きっとこんな女の子だったのだろうナって。
結局、自分は原作者トーマス・マンの小説が好きなのですが、たおやかで、嫌みがなく、繊細で、優しく…それは小説ならではの味わいですが、映像化においてはヴィスコンティ監督作品が一番しっくりきます。
「ベニスに死す」
「ベニスに死す」の主人公は、作曲家マーラーがモデル(原作では作家、映画では作曲家)で、マーラーの交響曲5番(第4楽章「アダージョ」)は、この映画のテーマ曲です。
この映画の存在を知って、ビデオを探し歩いた時のことを覚えています。
多感で、やりたいことに全力の想いと体力を賭けることのできた14歳でした。
ビデオの入手には、困難しました。当時レンタルビデオが流行り始めた頃ですが、まず扱う店が少ない。あっても、「貸し出し中」。そんなに人気の映画なのかな?とますますみたくて、イエローページで調べ訊ね歩き…「六本木WAVE」の売り場でやっと手にしました。嬉しくて、レンタルのつもりがお小遣いはたいて買ってしまいました。
観るとこんどは目がテンになりました。
「なんてキレイ!」世にも美しい少年が登場するではないですか。
おない年のしかも男子… 中2・バスケ部・日焼け少女は、あいた口がふさがりませんでした。
タッジオを探して
この「タッジオ」という名の美しい少年は、ベニスというバカンスの地で「老いた巨匠」の前にふっと現れます。
その人生を支えてきた「己の中の掟」をすべて解放し、しかも最上の悦びへと浄化するような存在…と私は感じてます。というのも、説明やセリフはほとんど無いからです。
そのタッジオ演じる少年の名は、ビヨルン・アンドレセン。
「タッジオを探して」という、20分足らずのこの映画のオーディションを追ったドキュメンタリーがあります。今では日本でもレンタルされています。
これをみればわかるのですが、ビヨルン・アンドレセンは“端正な顔立ちをした、普通の男の子”でした。
オーディション
ビスコンティ監督は、タッジオに見合う少年を探して、ヨーロッパ中を旅します。
ちなみに、わたしは「美少年」にことさらの興味はありません。でも私の姉は、「あたし、いつかお金ためて美少女探しの旅にでるの。」なんて20歳で言ってた。
家族の反応は「あっそ」程度でしたが、私は「それを実現したのがビスコンティ監督なんだな〜」と思いました。
タッジオの「美」に説得力がなければ、単なる少年おっかけオジサンの映画になりかねません。
映像には、現役の子役俳優からスケートリンクで遊ぶ街の少年まで、「ガキんちょ」がたくさん映ります。
そこに、もしゃもしゃ頭のノッポの少年が登場します。
監督は「背が高すぎる」と言いながら、その子をあらゆる角度でカメラテストします。
そのテスト映像でのビヨルンの美しいこと…暗いカーテンの隙間から射す陽光に照らされ、笑顔をつくる少年は、見る間にタッジオに「なってゆく」のでした。
これは、ビスコンティ・マジックです。
「ミツバチのささやき」のアナ・トレントのように、少年・少女には「大人と子供の狭間の、妖艶な一瞬」があります。
ビスコンティもまた、カメラ越しにアッシェンバッハのような出逢いをしたのでしょうか。
ですがこれはお仕事で、こうして選ばれたビヨルンはもう背が伸び始めています。まさに少年期のギリギリなので、旬な素材を手早く調理するように、ビスコンティは撮影に入ったと思われます。
この映画には大人になって何度となく観るたびに、違う感動があります。
タッジオの美しさもですが、やはり主人公アッシェンバッハ役の、ダーグ・ボガートの演技がとても感動的なのです。

船の予約のミスで急きょベニスへ舞い戻ることになった時。教授が一人、甲板で「けしからぬような、嬉しそうな」面持ちをします。
虜になってしまった者の弱みで、恋するように化粧し髪を染め、花を胸に飾って街を彷徨う。
少年は、無知のうちに教授を翻弄する(ように映る)。
私には、教授の気持ちは、まだわからない。
でも観ていて、なぜか胸が切なくなった。
教授の愛は、異性に感じる恋や、家族や仕事へのそれとは、違う気がします。
この次元で思い出していいのかわかりませんが!、私ならソウルに対して生じる気持ちに似てます(手が届きそうで届かない差違を感じるから)。
教授は少年に、遠くから「愛してる」とつぶやきます。
そして、いろんな思い出を胸に起こします。
我が妻、家族、友人、かつて出会った娼館の娘、ピアノの音色、…仕事。
私が一番好きなラストシーンがあります。
少年が、光る海の凪に立ち…すっと、水平線を指さす。
その光景が、教授のみたまぼろしかどうかわかりません。ビスコンティ監督がビヨルン・アンドレセンに「魂をふきこんで」撮影されたこのシーンは、マンの言う「完璧な美のマッチ」を再現しています。
このような人工的でない美に遭遇したとき、言葉はみつからない。
あるとすれば、「絶句」です。
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ルキノ・ヴィスコンティ
- 2008-11-09 (日)
- MY FAVORITE | cinema
ルキノ・ヴィスコンティという監督(1906-1976)。
イタリア貴族の家柄に生まれ、早熟な少年時代より社会のこと(階級や戦争や)、家族のこと、アイデンティティ、生のこと、老いのこと…そして「美」をとことん追求した人。

生活に追われていると、こうしたことをゆっくり考える余裕はありません。
けれど考えてないわけではなく、そうしたことを感覚しながらも、なるべく明るく、現実をみて…としなければやっていけません。
てことは、財と時間に恵まれている人は無駄なこと考えているのかな…といえば、そうではないと思います。
なにがリンクさせるのか、私はヴィスコンティ作品をみるとなぜか家族のことをぼんやり考えてしまいます。
ヴィスコンティ前期
ヴィスコンティのとりあげるテーマをみていると、生まれによる特権みたいなものというか…「あの時代にそれらをとことん考えることが出来たんだな」ということを感じる。
彼はイタリアで「ミラノ公」の名をとるヴィスコンティ家の伯爵に生まれながら、若き日にはイタリア共産党に入党。…つまり、貴族の中にいて階級だとか労働についてといったことを繰り返し考えていた。
1943年、ジャン・ルノワールのアシスタントを経て、37歳で映画監督デビュー。
「揺れる大地」という映画で、彼は「ネオリアリズモ」の代表的監督となる(ヴィットリオ「自転車泥棒」もその一つ)。
まさにナチスの風、ファシズムの風が吹き荒れていた時代。
「焚書」(政府にとって思想的に邪魔になる書籍を焼き払う)のような行為も、この時代のヨーロッパで行われていたのです。
「ネオリアリズモ」運動に出自の高い知識階級の人が多いのは、自ら「目を覚ませ、現実をみよ」という目線です。
父と祖母
うちの祖母と父(親子)は、真反対です。
祖母は大正生まれのお転婆娘。第二次世界大戦を迎え、夫を失い、ここでは書ききれないほど女の苦労をしてきた人。
いっぽう父は、地元の名家で医者の息子、何不自由なく…とはいえあの戦争で私たち子供の比ではない苦労をしたようです。それでもあの時代としては「勉学できる余裕に恵まれ」ていた人だと思います。
この二人が食卓でよくケンカをします。
一人は「リアリスト」、一人は「理想主義者」とでも言いましょうか…とにかく、真っ向からぶつかる。
そこで子供は思います。「父はやさしい。でもバーチャンのほうが正直だ」…やがて「祖母は苦労したぶん、真をついているのではないか。父は、きれい事ではないのか」…それがだんだん「両人とも、根っこはおんなじだな〜」となってゆきます。
目の前に困る人がいたとして、父は助けようとして、社会制度にも立ち向かおうとして、やがてだまし取られて自分がビンボーになる…ということを家族に隠したりする。
祖母は突き放す(ようで、影ではなにやらしている)。
対照的なのですが、よく観察すれば、両方とも近かったりします。
それにしても、男の人には心優しい理想主義な面があります。祖母のようなリアリストのほうが現実的な優しさを持っているように感じる…ということは内緒にして、私は嫌いじゃありません。
ビスコンティ後期
…と、このようにビスコンティ監督の映画を観ているとなぜだか家族のことが浮かびます。
きっと、ヴィスコンティがその作品の中で描いた「家族」とか「美」とか「エロスとタナトス」とか「生」とか「老」は、とても人間くさくて…これほど的確に捕らえてる映画もそうないと思うからです。
ヴィスコンティの中・後期の作品は、ガラリと変わります。
「揺れる大地」のようなイタリアの貧しき漁村からの訴えではなく、自らの出身…「貴族」が舞台となります。
19世紀後半~20世紀前半のドイツ地方の絢爛豪華な貴族社会、その没落。
ヴィスコンティの特徴であるセットの美しさ…豪華で、照明がまた悲しいほどに陰影があって、それはもう美しい。
自分の内から出たものにこそ説得力を持つ、のでしょうか。
家族のこと、閉ざされた世界の狂気、時代に取り残される者の悲哀…
「お金持ちが苦しむのが楽しい」のではありません。これは階級を問わず、普遍的なものではないでしょうか。
ヴィスコンティは、持って生まれたものを、人生をかけて「映画」という芸術に昇華した。だからすごいと思います。
私がはじめて鑑賞したのは「ベニスに死す」。原作はトーマス・マンの小説でした。
トーマス・マンとヴィスコンティ
トーマス・マンの小説が好きです。
読むきっかけは、母の本棚に「トニオ・クレーゲル」や「ブッデンブローグ家の人々」があったことでした。
「クレオ」が好きな母でしたが、マンの本を読むと「懐かしさがあるの」と言っていました。
母は、父と祖母のあいだの「親子劇」もまた温かくみつめていたのでしょうか。
私はそんな笑顔の優しかった母を、マンの小説をよむと思い出すのです。
ヴィスコンティは晩年、このマンの作品の映像化を積極的にとりくみます。
「ベニスに死す」は後世にも語られる代表作となります。
「魔の山」にも取り組んでいたそうですが、70歳でこの世を去りました。
ヴィスコンティがそれを取り上げたのはなにか共感できるものがあったからなのだろうと思います。
狂王バイエルン王とエリザベートを描いた「ルートヴィヒ」
昨夜、テレビで放映してた「地獄に堕ちた勇者ども」
トーマス・マンの「ベニスに死す」
これらをもって「ドイツ三部作」と呼ばれています。
私の中のビスコンティ映画について、また記そうと思います。
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オバマをえらんだアメリカ
あまりニュースに興味を示さない祖母が、新聞に見入ってました。
『米国史上初の黒人大統領が誕生』
オバマさん、そんなすごい「チェンジ」を一つ達成したんですね。
アメリカは、オバマをえらんだ。
「これがアメリカの底力なのか」
日本にとって利益か不利益か、という以前に、なにか熱いもの感じました。

幼い頃、オリンピックでアメリカが誇らしげにメダルの数を読み上げるのをみて、その多くは黒人のものじゃん…と思いました。
有色人種の私には、白人の華麗な社交世界に漂う「優越感」はまだ理解できるとして、あからさまな差別は理解できません。誰にも「いや!」って思うものはあるとして、それをあらわにする自分は「もっといや」だし、まして、生まれ持った肌の色になんの罪があるのでしょうか。
けれど、オバマはただ差別に勝ったんじゃないと思います。
オバマさんの強みは、黒人でありながら
「肌の色も人種も党派も関係ない。あるのはただユナイテッドの国、アメリカだ!」
と言い切れたことです。
私たちは「差別」とか「年齢」とか、人間である以上消し去りがたい性質や、そんな理屈以上に信じたいものが、ちゃんとあるんですよね。
オバマの単純で真をつくメッセージが、頑なに立ちはだかっていた壁を踏みこえたこと。それは人種でも肌の色でもなく「この人なら、もしかしたら」と何かを期待できるからです。
マケイン派の人は「オバマの経験不足」を述べてたけど、もし私がアメリカの若者なら、理屈より直感でオバマがいいし、理屈で考えたって「このままよりはいい!」とオバマに希望のオッズを賭けたと思う。
私たちの世代はアメリカという国にどこか冷めた目線があって、ブッシュになって尚更、911テロからイラク戦争へアメリカが闇の中へ走る感がありましたが、こんな時にこのような人物があれよあれよという間に台頭する。
「変革」なんて今さらにきこえる言葉が、ブッシュの反動でとても新鮮に響く。
オバマさんはこの過酷なアメリカの今をどう進み、それは私たちにどんな変化をもたらすのでしょうか。
————-
私の感じる「されどアメリカ」な部分は、「開かれている」という点のみです。
ヨーロッパと違い(たとえ大義名分でも)開かれている。
どんな国にも悪しき風習や歴史はあるけど、アメリカで力を試してみたい人が絶えないのは、この「開かれている」部分に魅力があるからかな…と思うのです。
それにしても、大統領候補に求められる「タフさ」は半端ないですね!
アメリカの国民が、ココロの中でいかに「ブッシュはうんざりだ〜」と思っていたかわかりました。
若者やホームレスさんたちまで、一人一人が投票しオバマの勝利に熱狂する姿に、私たちは熱くなりたい自分をみなかったでしょうか。私の中には、ありました。
我が国には長いことオピニオン・リーダーが現れていません。
デビッド・ボウイーの「HEROES」
1977年、ベルリンでブライアン・イーノと手がけた「ベルリン3部作」。東西に分断された「壁」の前で抱き合う恋人達をみて歌ったという。いい曲ですよ…♪We can be Heroes
Just for one day!
僕らは英雄になれる
ただ1日!
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ともだち
- 2008-11-04 (火)
- MURMURE
ソウルには、おともだちがいない。


どうも相棒のことを部下だと思ってるフシがあるので、友達に…とピンクの犬のぬいぐるみを与えたりしたけれど、闘争本能でボコボコにしてしまう(色が悪かったかな)。
アビのノートには時折、こっつん♪ご挨拶してるけど、これも「二次元じゃねーか!チッ。」と判るらしい(あたりまえか)。
そして鏡に映る自分に関しては、ふいに思い出したように突進してシャー!と威嚇している(アホや)。
こんなソウルには、ともだちがいない。
や〜いや〜い!
….という私も、実はともだちが少ない。
ケータイメールを教えたくない人には「インターネットやってないので」と言う(実際やっていない)。すると「じゃ、友達どうするの?」と訊かれるので「ともだち、いないんです」と真顔で答えるとたいてい、サー…ッと音を立てながら引く(別の意味で、引く)のがわかる。
確かに数は多くないのですが、自分にはいい友達がいる、ということは自信もって言えます。
一番長い付き合いは高校時代の部活仲間です。1年のうちに連絡を取り合うことはわずかですが、いざというとき心配しあったりするココロの友です。
一人は、振り向きざまに我が子(ベビィ)の頭をテーブルの角にゴオーン!とぶつけながら「いーのいーの」と言える2児の母親のA子。
ひたすら舞台公演の案内のみを送ってくるM。彼女とはよく一緒に日比谷図書館で受験勉強して、集中した頃に、私が彼女のノートに落書きしては吹かせて、勉強になりませんでした。
また、主婦のくせに夕方5時過ぎに漫画喫茶にいる確率の高い“Eさま”(美人なのだ)…距離は離れてるけどよくメールするEからの言葉に何度励まされたことか。
社会人になると、さらに友達は減ります。浅く広い付き合いは多いけれど、親友となると難しい。
けれど、友達なんて呼ぶには恐れ多い、と思いながら気づけば長い年月連絡を取り合っているような人もいます。
これは、やはり大切でなきゃ続きませんので、友人と呼ばせて頂いていいのだと思います。
そして、ふっと時を経て連絡をくれる友達。通信を試みてくれたことが嬉しく、そのうえ幸せになってたりするとさらに思い出してくれたことが嬉しくなります。
ソウルにも、ともだちがいたら…と、こんな私でも親心に思うときがあります。
そういえば、友人のEは去年、「ソウルちゃんに逢いたいワ♪」とはるばるやって来てくれました。
ソウルの名付けの際、「ソウルって名前にしようと思う」というと「いいね!」と賛同してくれたのはEでした。
ご対面の日。「きゃ〜、ソウル」とEがすり寄ると、ソウルはいきなりE のGパンで、ガリガリ「爪とぎ」を始めました。何度でも、研ごうとしました。
…ソウルにとって、Eは「爪とぎの柱」だったのです。
「こんな失礼、初対面の人にしない子なのに…ごめんあさーせ!」というと、Eは泣きそうな顔してました。
ごめんね、E。ソウルはわかってるんだ、ほんとは。
なにを?って…そんなこと、訊かなくても…友人だもんね。むふ。
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しょほうせん
- 2008-11-02 (日)
- MY FAVORITE | book
先日の「カラマーゾフの兄弟」の話から、思い出した書籍がありました。
それは、昨年お亡くなりになった河合隼雄氏の「母性社会日本の病理」。
臨床心理学者である著者のとらえた日本人の精神性…初版から30年ほど経つ今もうなずけるロングセラーです。
「日本は母性の国?」
私はむかし、母に「これ読む?」と手渡され読みました。
内容は、一節をとりあげますと
「我が国は父権の確立による、母性原理の国である」
というと難しいのですが、むかしは「日本は父権社会だった」と思われがちだけど、実のところ父親の(家長としての)強さの裏付けは、母性原理の確立にあったのだ、ということが冒頭に登場します(なんとなく、実感ありますよね)。
今も根強く残る日本の「母性原理」…その母性ってなに?!ということは読めばわかりますが、ユングからの引用や、夢、神話、宗教など、西洋と照らし合わせながら検証されていくので、わかりやすいです。
自分のアイデンティティとか、また、いま自分の国が抱えるジレンマについて思うことのある人には、なにかの糸口になる気がします。あくまで考える糸口で、著者は「答え」の明言はしていませんので、読後の展開は自分の中で…ということになります。
タイトルはカタイけど、読んだらとても面白かったです。
喰らって、越える
よくニュースで「通過儀礼」という言葉を聞きます。
たとえば子供が成長過程で、遊具体験や、虫・植物の殺生体験など、これが奪われると突じょ恐ろしい事件を生みかねない….という指摘。
カラダの成長に食事がいるように、心の成長にも「死」はつきものです。
もちろん精神的なものであって、実際に死んだり殺したりしてははじまりませんが。
そこで「親」という存在がとても大きな対象(関門)になるのは自然のことです。
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の内容はなんと“父殺し”で、よく「完璧な未完」と言われますが、べつに犯人(答え)はわかりません。
兄弟が乗り越えようとするのは、血、教師、国家…神。自分。
私が思うのは、いまや食事をするために育て殺すことはまずしないし、動植物の「命をいただく」という感覚は相当に鈍っていますから、それはココロにおいても言えるのではないか。
分析とカタク重苦しく考えるまでもなく、わたしたちは日々自分の中でココロの対処法をみつけながら日々を追っているし、子供だってそうです。
考えることはすなわち「向き合う」ことですが、これは河合隼雄氏によれば「とことんハマってみなければ離れることもできない」とあります。
それは親子関係にもいえるようで、親は一番身近な他者ですし、そうやって「他とのぶつかり合いによって、個が立てられていく」ことを改めて実感させられました。
「こころの処方箋」
河合隼雄氏の作品でもうひとつ著名なものに「こころの処方箋」があります。
「読むクスリ」と呼ばれるこの書にも、考えるヒント、名言がたくさんありました。
- 嘘は常備薬、真実は劇薬
- 自立は依存によって裏づけられる
- 耐えるだけが精神力ではない
『どっぷりつかったものがほんとうに離れられる』という章がではこんな例があります。
他人に頼ったり頼られることも嫌いなAさんは、大人になって働き、親にも依存することなくいわゆる「自立」を自負してきた女性。
やがて婚約相手を親に紹介した。すると母親が何気なく「あの人なんだか○☆△ね」と言った。
その言葉を聞いた途端、なんとなく気持ちがのらず、婚約を解消した。
…身近にありそうな話です。この女性は一見すると自立できているようで実際は親に依存していること、それも自覚ないまま親の眼鏡は今後も彼女の人生の眼鏡となり、またそのほうがラクなので、深い夫婦関係(自分と他者)を築こうとしたときにはじめて、慢性的に悩み苦しむことになるということです。
それでもいいんじゃないかと、個人的には思います。ようは、そうやって「気づく」ときに「どっぷりつかる」ことが大事なのではないかと思います。

当たり前のことですが、一生がかりだな〜と思います。
こうしたことを「能書き」とか「説教」と思う人もいるようだけど、経験からくる考え方を、ちゃんと「簡潔に言葉にできる」のは本当の心がけ、整理がされていなければできないことだと思います。
「親殺し」のニュースがたえません。
実際に、親に腹立たしいこともありますし、また直接でなくとも、自分の内面を紐解くうちに「親のせい」にしていること、ありますよね。
そんなとき、「とことん」の大切さをこの本から感じます。中途半端だったり、わかったフリというのはある時ひょっこり露呈するのだと。
精神的な親殺しは真の自立にもつながれば、一歩間違うと殺傷沙汰になりかねないのかもしれません。
ココロって、繊細です。
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