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2009-06

j.s.bach

このブログ、趣味の話に偏ってしまって…わざわざ読んでくださるかたには、すみませんです。

かつては「あゆです、きゃぴ♪」みたいな若干「?」なサイトもやってましたが(きゃぴ♪はホントでしたが)、もはや三十路も越えてるし(だは!)。

ここで書いてることは実際の趣味で、ソウルにはじまり思い切り自分のアドレナリン、吐きだしてます。

きょうはそのひとつ「バッハ」について。

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大ざっぱに記すと、クラシック(つまり現代以前)の音楽様式は、こんなカンジである。

中世      ルネサンス(宗教音楽や、詳細不明の名曲多し)

17〜18.5世紀 バロック (バッハや、ヘンデルとか)

19世紀初頭まで 古典派  (モーツアルトとか)

〜私見;このヘンに、ベートーベンが大きくまたがって…〜

19世紀    ロマン派 (ブラームス、ワーグナー)

誰でも耳にしたことある作曲家でいうと、こんな流れです。

だから、古楽器っぽい音楽は「あ、ルネサンスだ」だし、

おごそかな教会の音楽っぽいのは「これバロック?」だし、

耳馴染みのよいピアノ曲は「ロマン派以降、てことか」だ。

あとは印象派も、近・現代も、まあ、発展型です(がさつな分類だ!)…より洗練され、実験的なハーモニーになっていく、ということです。ロックやポップスはまた別ですが、源は同じです。

バッハの頃にいわゆる平均律というものが生まれて、どんどん発展していく。

平均律とは、世にちらばる様々な音低を「前、習え〜!」と背の順(高さ順)に生理整頓して定めた音の幅、みたいなものでしょうか。この音階の楽器=ピアノ。

んで、この「音と音のハーモニーの妙」というものを完全網羅しちゃったのは、やっぱり「バッハじゃない?!」ということで「父」と呼ばれてるのです。

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ピアノでは、バッハの「インベンション(二声)とシンフォニア(三声)」、「平均律クラヴィーア」は必須課題です。

18歳で急きょ音大受験した私は、大人になって初めて「バッハ」に、ノックアウトされました。

いっけん、理論的な音楽です。

「対位法」にのっとり、右手と左手の動きに一定の「秩序」があるのです。

楽譜をみて「メロディがなくて、こむずかしいじゃないか」という人もいます。

でも、弾きすすめていくうちに驚くことでしょう。

1番、ハ長調。 2番、ハ短調。 3番、ニ長調…

この「秩序」めいた楽譜から生まれるハーモニーの、なんと豊かで、なんと艶っぽいこと…!

とても全て弾きこなせないのですが、これができたらカッコいいな〜と思います。

とまあ、こんなふうに「バロック」の虜になってしまった私は、歌でも、イタリアオペラの派手で華やかな「オオ〜オ〜」という歌よりも、ドイツ歌曲やオラトリオ(宗教歌)、ヘンデルやパーセルといった、この時代の歌曲の、なにか….清楚な色香みたいな魅力に、惹かれてゆくのでした。

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いまギターで、バッハの「リュート組曲」をやっています。

ギターも、クラシックの場合バロックは避けて通れないようです。

ヘンデルの「サラバンド」やバッハの「リュート組曲」(リュートはギターの元になった古楽器)。

これだっ!私がやりたかったのは、ギターでバロック♪

ピアノの楽譜も、チェンバロで弾くと格別なのだから、ギターが合わないわけがない。

わくわく…わくわく….

…ところが、弾けない。弾けっこない!!

が〜〜〜ん。道のりは遠い。

なので、いつも指をくわえて先生の演奏やyou tubeの演奏をみています。

“バッハ?興味ない。”

って人も、ギターでこのバッハの魅力にぜひ触れていただきたい。

それはもう素敵で、夜は何度も繰り返し聴いてしまう私です。
「リュート組曲 BWV997 – プレリュード」/j.s.バッハ
(この人の演奏、理想的…)

「サラバンド」/ヘンデル

G. ガルシア・マルケス

この前、「ガルシア・マルケス」と検索した。

するとファッションブランドのバッグがヒットした。

「…..」

そういえば以前、お友達が「ね〜、ガルシア・マルケスがみたい♪」と言うので「え、ガブリエルの?」と訊くと、笑って「知らない?いま雑誌なんかにも出ててすごい流行ってるんだよ!」と言う。

…え〜まさか、と思ったら、なんと流行ブランドの名前だった!なんてことがありました。

次に、「百年の孤独」と検索すると….

こんどは焼酎の銘柄がヒット。

「ガブリエル ガルシア マルケス 百年の孤独」

と検索したら、やっと書籍やwikiにたどり着きました。

「百年の孤独」は、日本でも大江健三郎や、寺山修司や、中上健次に多大な影響を与えたとされる物語です。

幼い頃から我が家の書斎にありましたが、分厚いのでためらいつつ、兄たちが「面白い、面白い」と話し合っているのを聴いて、いつか読みたいと思っていました。

そんなに思い焦がれてたくせに、長年忘れていました。

「コレラの時代の愛」が昨年映画化されて、話題になったところで思い出したわけですが…幻想世界と現実世界がシンクロしていて、とても面白い!

…というわけで、寝不足が続いてます。

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今日は外へ出ると「無料・天然ミストシャワーサービスデー」の1でした。

蒸し暑くてジメジメして、ソウルはぐったり。

おまけにソウルは今夜、兄のためにとっておいたブリの塩焼きをまる一匹平らげ、完食!の寸前で相棒にみつかりました。

「祭りだ!祭りだ!ブリまつり!」

…の夢でもみているのかな。

ネコとおんがくのきょり

6月生まれですが、いつも湿気のない国で過ごしたいと思う。

この時期は衣類のみならず、楽器の管理もポイント大。

部屋には、小さな音楽空間があります。

というか、その中にわずかな生活スペースがある、という現状です。

ちょっと紹介。

古いピアノタッチのKORGの上にはいつも、バカラックのコンサートでのプログラムと、アビシニアンのノートがあります(→どっちも楽譜じゃないし)…もちろん楽譜も、折り重なってます。

小さなDTM(自宅レコーディングとか)もあるけど、活かせていません。

この空間がソウルのお気に入り。
潜り込んだり、鍵盤を鳴らしてご満悦になったり…ネコふんじゃった、ならぬ「ネコがふんじゃってる」かんじ。

「オレさまは、“ばっは”よりスゴいもんね」と譜面でガリガリ爪とぎもする(怒)。

ギターは譜面台や足台がいるので、リビングで弾きます。

ここにも、ソウルはやってきます。

ギターが鳴るとやってくる…それで甘えるならまだしも、ピアノ弾けば鍵盤の上を歩き回り、ギターを弾けばチューニングをかじるんだからね、まったく。

でも、ソウルと音楽の距離は、まあまあちかいように思います。

birth☆

コホン。

きょうも朝一番のご挨拶は、やっぱりかわいいコイツ。

10日。また一つ、年をとった私。

こんな私の誕生日を覚えていてくれる、身近な人たち。
家族や親友…口では「誕生日?いつか忘れた!」なんて言ってしまうけど、ほんとはやっぱり嬉しくて、ありがたいって思ってます。

昨日は兄2人が「今年はファッション系で何か好きなもの買え」と、プレゼントを提案してくれた。

毎日Tシャツ&ズボンで色気ゼロの妹に、どうやら懸念したようで(^^;)

ほいじゃ驚かせちゃお!
ってことで、私がチョイスしたのは、夏のフレアワンピース。

「お前がスカート?!」と兄。

..わたし滅多に、スカート着ません。

職場でもスカート履くと「きょうはお出かけ?」と訊かれます(正解)。

もう中学生くらいから、ズボンが好き。
幼い頃は、おばーちゃんにお上品な格好ばかりさせられてました。
その反動で、中学生からは耳上のショートヘアにズボンばかり。

なんてゆ〜か…
スカートを履くと「女の子を演じてる」って感じで、照れくさいのだ。

持ってたジャケットと合うかも。私がスカートを装おうときは(よそ行きや、演奏会)上のような、ちょっとクラシカルな雰囲気が好きです。年相応な感じだし。

今、ものすごく可愛いミニスカートが流行ってますね!
(でもやっぱり可愛い系は似合わない)

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では、さっそくこれを羽織って…

きのう出掛けたのは、ギターアンサンブルのコンサート。

夕方、教室で集合。
先生に引率されて横浜へ。
ヨコハマがものすご〜くキレイになって、びっくり。

ここでは誰も私の誕生日など知らないので、心の中で、美しい港の夜景に想いました。

「よし。ギター、がんばる!」

今年はそんなカンジ♪

やっほい☆

ボウイー&ゾウイー

ネットでニュース記事を読んでて、ふとあるポスターが目に入った。

「あ、このデザインいいな」…と、ここでなにかが直感。

記事をみてみると、な〜んと!

デヴィット・ボウイーのひとり息子、ゾウイの映画監督デビュー作品が来年公開。

「や、やっぱり…」

このポスター、まるでボウイーがデビュー作で唄った「スペース・オデティ」の世界。

内容も、「宇宙に取り残された男の孤独と恐怖」という。

ボウイーといえば、ファンのイメージには、やはり「宇宙」とか「孤独」とか「狂気」とか、そんなキーワードが浮かぶのですが、やはり血は争えませんね。
お父上は、自らの美貌をもって音楽と視覚パフォーマンスを一体化させたロックシンガーですが、その息子さんがこのような映像作家になられていたなんて…ね。

ここでファンが知る、ちょっといいお話。

ボウイーは、デビュー間もなく二十歳そこそこでアンジーという女性と結婚します。

70年代を迎え、ボウイが「グラマラスなロックの到来!」と世界中で騒がれた頃です。

当時のツアーでは親子3人で来日(@武道館)もしていますし、お人形さんのように可愛い息子さんの名前が「ゾウイー」というコトバ遊びみたいな名前もあって、日本の雑誌にもたくさん写真が残っています。

ところが二人は、離婚します。

妻のアンジェラには、散々な告白本など出版されてしまう。
いっぽうでボウイーは、この息子さんの親権を何年もかかって手に入れます。

私が感動してしまうのはここから。

人気絶頂期のスーパスターが、実は片時もこの幼い息子を我が身から離さずに育て上げたということです。

薬物、女性(男性もありでしょうか)…まだ若く、ゴシップに追いかけられるロックシンガーならば、たいてい子供は母親が親権をとりますし、その後も再婚を繰り返す人はざらにいます。
でもボウイーはドラッグと音楽の狭間で苦悩しながらも、息子の親権をとり、旧東ドイツ(ベルリン)に旅立ちます。

ちゃんと息子にゴハンをつくり、洗濯や送り迎えもしたそうです。
夜は宿題を手伝い、コンサートツアーには家庭教師を同伴で連れ立ち…

そうして仕上がったのが「ベルリン3部作」であり、その後の作品です。

人気で自分を見失いがちな世界で、なかなかできることじゃありませんよね。
表現はトガっていても、奥底はとても良心的でまともな感覚も持ち主なのだろうと思うのです。
その後、「息子が二十歳になるまでは再婚はせず」に、本当にゾウイーが独り立ちしてから、50歳ちかくに現在の妻イマンと再婚したのです。

そんなダンカン監督(ゾウイー)にとっても、父親は無二の存在のようです。

この映画の試写で、仲良く肩を組んでそっくりな笑顔してた二人の写真がありました。

ぜひ、この映画も日本で公開して欲しいです。

↓似てる…目元が。

しあわせのカップ

きのう、お友達で女優さんのアヤさんとまたデート♪

日曜でお天気。

なのに朝から父とつまらぬケンカをして、お財布やケータイを忘れて飛び出したわたし。

…ブルーな気持ちで電車の中、「あのテンションの高いアヤさんと元気に喋るパワーが今日の私にあるのだろーか、せっかく遠くから来てくれたのに…」と不安になりました。

ところが、そんな懸念は一蹴されました。

「久しぶり〜!」と挨拶かわした途端、テーブルの上のピザはそっちのけ。

喋ること、5時間半…

12時に逢って、食事して、青山を散歩してカフェでお茶して、気づくと5時半。

私は家の夕食を作らねばならなかったのでここでタイムアウト。

でも…

アヤさんの「あはは!」がふりまくキラキラの粉に、なにかエッセンスがあったのかしら?

夜は、父と和やかに食卓を囲むことが出来たのでした。

その魔法はこのカップにあるそうな。

なんとバースデイの近い私に、とプレゼントまで!

ジノリの「アンティコ・チェリー」のティーカップ。

か、か、かわいい!

写真ではわからないけど(私が撮ったから下手で!)白いチェリーの浮き彫りもあって、清楚な少女みたいでとても気に入りました。

ありがとうアヤさん。
このカップで紅茶たくさん飲んじゃうからね〜☆

グラン・トリノ

私、ほんと久しぶりに、すごくいい映画を鑑賞しました。

クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」

…これ、傑作じゃないかしら?!

脚本家のスズキチさんは「まるでイーストウッドが今のアメリカを一人で背負ってるみたいな映画だよ。」と言っていましたが、大げさではない気がします。

80歳を目前に次々と良質な映画を撮り続け、映画人として最高な人。でも何より彼が映画ファンに愛され続けているのはその人間性、私には判らないなにか「男気」みたいなものではないでしょうか。

男、二人

「老人は、人生の締めくくり方を。
少年は、人生の始め方を模索している。」

老人は、朝鮮戦争で「イエロー」をたくさん殺した過去をもつ。
(これは、マカロニウエスタンからダーティ・ハリーへ、マグナム片手に活躍したイーストウッドご自身の過去と重なります)

めっきりアジア人の多くなった街で、自国アメリカの「いま」に日々絶望している「偏屈なおじいさん」には、愛犬しか相棒はいない。

そんな老人の隣家にも、モン族の一家がやってくる。

「米食い虫のイエローが」

そう言ういっぽう、遺産の話しか持ち出さない息子一家を眺める彼は白人にも同様、希望はもっていません。

ところがある事件をきっかけに、老人はモン族の一家に古き良き人間の温かい光景をみます。

そこから、笑いあり、涙あり、やるせない展開になっていくのですが…

考え続けるイーストウッド

私の幼い頃、西部劇を観ていると、父親が「原住民(インディアン)を悪者に仕立てて、次々と銃で殺す白人が英雄なんて話が、そんなに面白いか!」と言いました。
「ああ、また始まった…」なんて家族はため息をついたものですが、今回その父と、このイーストウッド演じる老人が、やたら重なってみえた私でし た。

「命令されたから殺した?自ら殺したことが恐ろしいのだ」

「 人を殺すのは最悪な気分だ。それで勲章をもらって褒められるなんてもっと最悪だ。」

そんな「まとも」な感覚が、ブッシュには今のアメリカには通じません。

でも、この映画に戦争シーンも大量殺人も強盗も出てきません。

「いまどき銃がなきゃ、おちおち夜も眠れない」という深刻な“日常の闇”が、身近な恐怖として考えさせられます。

そして、イーストウッドはもはや武器で終わらせない。

やたらと銃を構える老人が、最期はとんでもない選択をするのです(もちろんここでは書きません)。

けれどこの映画にそよぐ風の爽やかさといったら…格別です。

イーストウッドらしいヒューマニズムは変わりなく、でも映画はまた一つ、進化していました。

テーマ曲がすばらしい

ジャズに造型の深いイーストウッドの映画音楽、私は好きです。

今作品も、音楽はたった3箇所にしか流れません。
そしてラストのテーマ曲…これが本当にいい!

…孤独な音を立てて走る、私のグラントリノ

この歌詞だけで涙が出ますが、「かすれた、いい声だナ…」とエンドロールを眺めていると、唄っているのはなんとイーストウッド本人とジェイミー・カラム。歌詞もイーストウッドでした。

音楽担当はイーストウッドの息子さん、カイル・イーストウッド。
父親の影響を受けた、ジャズミュージシャンで、作曲家です。

カイルが語っています。「父親はものすごく耳がいいんです」

そう思います。

本作品に大物俳優なんていうのはイーストウッドくらいで、かなり低予算の制作と思われます。

原案と脚本は、まだ若くこれがデビュー作というから驚きましたが、さらに驚いたのは、熟練のイーストウッドの相棒となる少年とその姉を演じた二人が、本作でデビューという… これもまた、脚本、役者、カメラ、音楽…奇跡が集結した作品。お金をかけなくても、こんな作品が生まれるのだというお見本です。

映画を抱きしめ、自問自答を繰り返し、戦い続けている人。

イーストウッドがスクリーンで佇んでる…それだけで、映画は幸福感に満ちています。

本当に、そうなのです。

テーマ曲だけでも、どうぞ♪といいたいのですが、ここでは聴けないので、よかったらこちらからどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=MItMDkc343M

6がつのこども

ジューン、ジュアン、ジューノ、ユーニ…

6月の響きって、けだるい感じでなんか好き。

祭日はないし地味な月なんだけど、誕生石が真珠だったり、なぜか白いイメージがあります。

このまえギターの先生からもらった楽譜は、私の好きなヘンデルの「合奏協奏曲集」の中の、中でも大好きな1曲、op6-10でした。

ちゃーらんランラン、ちゃーらんランラン、ら〜らら、ら・ら・ら・ら…
(これで判る人、スゴいです)

古楽的な幸福感に満ちた音色、ほんわか、真っ白い綿に包まれた気分になる曲。

————————-

今朝たまたまそれを聴いていると、うちのオバーチャンが「ちょっと!こっちにおいで、早く!」と私を部屋に呼びました。
「どーしたの?」と訊ねると、「すごいんだよ!それはもうスゴい子供が、私の部屋にいるんだヨ〜!」

…ちなみに祖母は95歳のわりに頭がしっかりしているほうと思います。
ただ、時折…とくに寝起き、「夢」でみた映像を引きずって不思議なことを口にするのです。

「神童のように聡明で、天使みたいに愛らしい子供が、私をみては隠れたり出てきたりするんだよ、お前もみてごらん!」

そして祖母に付いて部屋に入ると、朝の陽射しのカーテンが揺れる静かな部屋には誰もいないのでした。

「おばーちゃん、今日はすごくいい夢みたんだね。」
私がそう言うと、祖母は子供のように顔をゆがめて「いっ、いなくなっちゃったあ〜!」と泣き出したのです。

その後も祖母の興奮はおさまらず、その神々しいまでの「素晴らしい子供」の話ばかり。

寝ぼけたときのオバーチャンはたいへん面白く、以前は兄がこんな体験をしたそうです。

「ちょっとちょっと、コレみておくれ」とゴミ箱を持ってくる祖母。

「どーしたの?」と兄。

祖母「ココに、あの子はいるか?」

兄「…はい?」

祖母「私が育てたあの子!あんたの妹だよ、見えないのかい?」

兄「え…」

そう、祖母っ子のワタクシのことであります。

その夜、兄がお腹かかえて笑うのです。

「シュ、シュールだよなあっ!お前がゴミ箱にいるか?、だって」

「んで、なんて答えたの?」

「“さっき拾っておいたから大丈夫だよ”って言ったら、安心してたぞ」

「….」

悪いけど、ちっとも笑えませんでした(ムカ!)。

…とまあ、そんなわけで、祖母の夢はどこか暗示的です。

でも….

祖母の夢枕に降り立った、その「素晴らしい子供」、私もみてみたいナ。

ソレハ、ボクカモシレナイ」

というわけで、きょうから6月…はじまりハジマリ〜♪

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