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2009-07

M.J

ここしばらく盆休み前で仕事がたてこんでいるうえに、介護認定の更新でケアマネージャさんと打ち合わせしたり、日中は職場から何度もヘルパーさんに連絡したり、マンションと実家を何往復もしたり。

(実生活のことを記すとやはり愚痴になるな…)

自分でコマッタもんだと思うのは、こうしてたて込んでるときほど、寝る間を惜しんでアレコレやってしまうこと。

余裕のある時やればいいことまでやり始めるから、ただ要領の悪いバカ者だよね。

毎年夏は、2日にいっぺんは朝か夜にプールで泳いでいます。

ちなみに私の場合ダイエットのためではありません。

デスクワークや介護や、またギターの練習も…イライラしてくると

「あ〜思いっ切り動きてっ!!!」

と、なるのです。夏だし。

猛ダッシュで施設にINして、30分ヨガして、30分泳ぎ続け、頭が濡れたままサッとOUTする。自転車を飛ばして部屋に戻りシャワー浴びて身支度して、また出る…というのが私のパターン。のんびりサウナやマッサージはしないけど、爽快。

んで、仕事から帰って実家でケア。

父と祖母には柔らかい食事、兄たちのお料理はちょっと手抜き、ソウルはつまみ食いして叱られておわり。入浴の介助、洗濯、掃除、ソウルと遊んだりして……夜中にソウルと部屋に戻ってギターやピアノ鳴らして、寝る前に音楽やdvd鑑賞。

アドレナリンだけで解消して、5時間睡眠だけはキープ。

…….こんなんでいいのだろうか。

実家でお料理するさい、毎日思う。

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さて、記したかったのは(また)マイケル・ジャクソン。

ほんと、哀悼といいながら夢をいただいてます!

職場でもdvdが回り回っていて、マイケルフィーバーはやむ様子がない。

私は熱狂ファンじゃなかったけど、昔から兄の持ってる映像をみてたので、気持ちは理解できます。
「亡くなったからでしょ」なんて意地悪な意見もあるけど、たとえ莫大なプロモを仕掛けようが、連日テレビに同じタレントがいようが、また突如亡くなろうが、なかなかこうはならない。でもひたすらソニーが儲かるのかと思うと、ちょっと嫌なかんじ(笑)。

私の周りでとくに人気のあるマイケルdvdは『ライブ・イン・ブカレスト』。

これを貸すと、数人が「もうマイケル信者になりそう」といってなかなか返してくれない。

1992年ルーマニアでの「デンジェラス・ツアー」のライブ映像で面白いし、身体のキレが絶頂期のマイケルが、まさに全身全霊で踊り、そのうえ「生歌」で熱唱してる。

どんな演出も、あの歌唱力とダンスにはかなわない。マイケルの汗は本物だ。その熱気と冷静さのバランスも絶妙で、「大丈夫?」と思うほどのところでちゃんとファンを揺るがしていて、そのテクニックが憎らしいほどに上手い。

このライヴdvdだと歌詞がテロップで出てくるので、マイケルがかなりベタ(ストレート)な歌詞を書くことが判り、ときおり「?」なんだけど、でもとても純粋な人だということが伝わる。

MCもほとんどなく、人をアッと言わせるのが好きなマイケルらしいイリュージョンも楽しめます。

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以前にみたのでうろ覚えだけど、マイケルが「ガンズ・アンド・ローゼス」のスラッシュ(ギター)と共演したとき。

スラッシュは完全に段取りを無視してソロギターをかき鳴らし続けてた。

暗闇のなか曲はとっくに終わり、スタッフは慌てて彼を止めにはいる始末。でもスラッシュはその手を振り払ってしまう。

そこに、暗闇の中もう一人の猛ダッシュの影が。それはたった今歌って消えたマイケル。
「弾かせておけ」というようにスタッフを追い払い、またすぐ脇に戻って衣装の早変わりをし、次のサウンドが流れてもまだ弾いてるスラッシュに衣装の帽子を飛ばしてた。

かっこいい〜。

「イッてしまう」のは一つのアーティスト性かもしれないけれど、ショーにおいては「イッてる」ように見せながらキチンと段取りできることが、とても大事なのではないかと思った。

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マイケルが膠原病を患っていたことも知らず、いまだに「あの肌は全身漂白に違いない」(現代医療ではあり得ない)というゴシップだけを記憶してる人がいると、「ちょいファン」にさえ呆れられる。やっとそんな時がきたのは、皮肉にも亡くなったあとだ。

でもこんなライヴを目にしたら、「黒い時とか白い時なんて、カンケーないじゃん」と思う。

「白人を意識したメイク・ファッションをしてたじゃないか」というなら、茶髪や金髪あたりまえ、外国人気取ったファッションを日常的にしている私たちはどォなの?と思う。

まして、バンドやったりしてれば、あのくらいの化粧や衣装は不自然じゃないし。

アーティストに対し健全でないことを責めるような意見を聞くと、“健康でいながらマイケルのもつ芸のうち一つでも勝てるものがないのに、言うなよ〜”と思ってしまう。

でも、あのライヴ映像をみていると、まるでそんなことは「どうでも良く」なってしまうのでしタ。

メディア

マイケル・ジャクソンのエピソードが、日々メディアに小出しに取り上げられるのをみかけるたび、胸が重苦しくなる。

とりたてファンだったわけでもないし、アンテナを張ってたわけでもありませんが、時代の記憶として消えないアーティストでした。

なにも知らないままなら、まだいい。

メディアの報道、それも悪意な部分だけが、嫌でも耳に入ってくる。

そして知らずうちにイメージを植え付けていく。

私は、「そんな人じゃないだろうな」くらいに感じていたけど、ことさら興味もなかったので「今度はそんなことしたんだ」なんて思ったりした。

でもいろんな映像や曲や歌詞を鑑賞するうちにまったく違うと思ったし、不思議になりました。

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こんなエピソードを目にしました。数年前、幼児性的虐待の疑惑で逮捕、告訴され、裁判に持ち込まれたときの発言だそうです。

「僕が部屋に招きいれたわけではなく、子供たちが一緒に寝たがるんだ。
子供たちが今夜ここで寝てもいい?って聞いてくるんだ。
僕は親の承諾があるならいいよっ て。
たくさんの子供たちと寝たことはあるけど、一人の子供と同じベッドに寝たことはないよ。

皆さんは『ベッド』って言うとすぐに性的なことを考えるけど、そうじゃない。

子供たちをやさしくつつんであげて、音楽をかけて、お話を読んであげたりする。
暖炉に火をつけて、温かいミルクをあげたり、クッキー をあげたり…
子供には、とても楽しいことなんだ。」

この感情は「優しい子守歌」みたいで、私なら、おかしいと思えない。

子供の心を傷つけたり、トラウマになるようなことをするのは、この人の本意ではない気がするから。

アメリカの警察が抜き打ちで捜査令状を片手にマイケルのプライベートルームにズカズカと入り込み、使用人を脅し、金庫や鍵穴に次々とドリルで穴をあけ、それらを楽しそうにビデオカメラに収めて、「マイケルらしいや!」とベッドルームの私物をまさぐる映像を見て、背に戦慄が走った。

結局、告発した親子はどうやら「福祉詐欺」の常習犯で、証拠も出てこなかったという。
病気の少年とその親の生活を保護し、病を完治させたマイケルから、さらに金を巻き上げようとするなんて、むごい仕打ちだ。

孤独、という残酷なコトバを容易に口にしたくはないけれど、マイケル・ジャクソンは、たとえスターとはいえ、人が思う以上に孤独だったんじゃないかと思った。

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ニュースというのは…とくに限りなく根拠のない誹謗中傷に近いニュースというのは、その表面だけで大きな大きな誤解を印象づけるものですね。

不遇の環境にある子供達のための巨額の寄付は全く取り上げられず、実は皮膚の病を患っていたのに、メディアは「白人化しようとしている」と叫んでいた。

ある時期から一切の取材に応じなくなったマイケルゆえに言われ放題だったのかもれないけど、メディアというのは恐ろしいと改めて思った。

でも音楽を聴けば、誤解は解ける。

黒人の血に誇りを持っていたこと、そのうえで「音楽にブラックもホワイトもない」と、あらゆるサウンドにどん欲に取り組んだ人でもあるのだと。

もうあんなニュース映像すらみたくない。全身全霊で唄い踊っていたマイケル・ジャクソンを、ずっと覚えていたい、と思った。

アステアとマイケル

舞台や映画に夢中だった学生の頃。

ある一人のエンターティナーを知って、人生の転機になった(かもナ)、ってくらい衝撃を受けてしまい、それこそ「三度のお菓子 飯より」ビデオがすり切れるほど鑑賞したMGM映画。

それはフレッド・アステアでした。

時は経ってこの数日、兄の持ってるマイケル・ジャクソンのdvdを夢中に観ていると、『スムース・クリミナル』で、ふと気づくことが。

あのよくテレビで流れている45°に傾斜するダンスですが、それはさておき、全体がある映画の場面を彷彿とさせる。

アステアの『バンド・ワゴン』のワンシーンに似ているのです。

ネットでちょいちょいと調べてみると、(マイケル・ファンの間では有名な話のようですが)マイケルは「アステアが大好きで、最も影響を受けた一人」だったそうで、あの演出はアステアへのオマージュと言われてるようです。

アステアはタップダンスなのでちょっと意外でしたが、マイケルのダンスを超越したパフォーマンスを観ていると、頷ける気がしました。

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フレッド・アステア

ダンサーの間で神とよばれている人ですが、踊れもしない私が夢中だったのは、そのダンスから伝わる強烈なプロ意識でした。

『恋愛準決勝戦』(1951)

私が幼い頃はフラッシュダンスやブレイク・ダンスが流行っていましたが、アステアのダンスには「うああっ!すっご!!」と口が開きっぱなしでした。

その「うああっ!すっご!!」の瞬間を5ポイントにまとめますと、
①アステアには重力がない。
足が床から、大根の皮1枚ぶん浮いている。

②他のダンサーより卵1コぶん、足や脇が高くあがっている。
また、まばたき1回ぶん、動きが早い。

③ダンスナンバーの「出だし」と「幕切れ」がサイコー。

④「簡単な振り」→きっちりと

「難しい振り」→いともさりげなく

洗練=アステア。

⑤ダンス・パートナー(女性)が素晴らしく引き立つ。

(以上、ヘンテコな尺度ですみません)

①、②は頭一つ抜きんでる者の血の滲むような努力が想像できますし、ダンスに限らず、身体の重心の置き方の勉強になります。

③、④は演技力はもちろん、そのセンスに脱帽。

当時は長回しで撮るわけですから、フィルムを無駄にはできません。
リハーサルを重ね、一発(か、数回)で決めるのだから、いやはや。

『スウィング・タイム』より(ボー・ジャングルの踊り)

ほいで⑤ですが、アステアとデュエットする女優さんは皆、魔法のように美しい踊り子に変身します。

大柄なジンジャー・ロジャースも、筋肉質なシド・チャリシーも、踊れたっけこの人?てな女性も….アステアは「影」に徹し、しなやかにリードする。

オードリー・ヘップバーンも、アステアとのダンスを熱望した女優さんの一人です。

『パリの恋人』

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マイケル・ジャクソン

アステアで熱が入ってしまったけど、最近、寝る前に観てしまうのがマイケルのダンス。

「いまごろ〜?おっそいよ〜ばか〜!」

って言われてますが、ほんとこれ↓サイコー。


マイケルのダンスも、やはり「早い」「キレイ」「高い」の3拍子が揃っていて、群舞の中で抜きんでてみえます。
アステア同様、独自のダンスであり、ダンスナンバーの演出や振りを自分でしている。

頭の中に、完成度の高いイメージがあり、強烈に体現していく。

ステージの下の汗や血や涙は、微塵も見せない。

激しいナンバーのあと、呼吸の乱れもみせずごく自然にフッと微笑む。

…だから感動してしまうのだ。

とかげとカゲ

きょうはマクロなショットから。

帰宅が遅くなり、さぞソウルは寂しかったことだろう…と思い玄関を開けると、小さなトカゲが土間に飛び出てきた。

私はとーぜん、トカゲさんを玄関のドアのすきまから逃がしました。

すると猛ダッシュで追いかけてくるソウル。

すかさずドアを閉めると、ソウルの上半身が挟まってしまった。

…とかげサン。

一日ソウルのお相手してくれて、どうもありがとう。

Simon & Garfunkel

サイモン&ガーファンクルのコンサート記。

16年ぶり、たったの3度目の来日にして、最期のコンサートという。
というのも、二人が「サイモン&ガーファンクル」として一緒に活動すること自体が「同窓会」みたいなもので、アメリカ本国でちょいとステージで唄ったら大好評だったことがきっかけとのこと。

彼らは、なんと小学校時代からの友達。
半世紀を超えたいま一緒に唄うその姿が拝見できるなんて、格別のファンでなくても聴きに行きたくなるものです。

会場のアリーナには、もちろん有名な人がいました。でも、その他の大多数は中高年のご夫婦!

きっとものすごい気合いでチケットを手に入れたのだろうと思います。

彼らの歌には哲学的な詩が多く、リアルタイムで聴いてきた世代の方達にとって、反戦、麻薬、若者が蝕まれつつあった時代に、「窓の外が騒々しい」中の「一杯の紅茶」のような存在だったのでしょか。

スカボロー・フェア

さて、Tさんと一緒に、苛立つ立つ人混みにもまれながら席につくと、10分遅れで開演。

セピア色の写真の中から現れた二人。

1曲めは「旧友(old friend)」

君は 想像できるかい?
今日から何年も先に ぼくらが静かに
公園のベンチを分けあって 坐っているところを。
70歳になるなんて ヒドク不思議な気がする。
年老いた仲間が二人
想い出が 同じ時間を撫ぜて通る。
同じ怖れを 静かに分けあいながら・・・

以前、兄貴とcdを聴きながら話してたんです。
「この二人、この歌詞のまんまだね、」て。
ケンカしちゃ寄り添い、70歳を手前にした今もこうして一緒に世界を回ってギター片手に唄って…。

<SET LIST>前半

1.旧友/Old Friends
2.冬の散歩道/Hazy Shade of Winter
3.アイ・アム・ア・ロック/I Am a Rock
4.アメリカ/America
5.キャシーの歌/Kathy’s Song
6.ヘイ・スクールガール/Hey Schoolgirl
7.ビーバッパ・ルーラ/Be Bop A Lula
8.スカボロー・フェア/Scarborough Fair
9.早く家へ帰りたい/Homeward Bound
10.ミセス・ロビンソン/Mrs Robinson (includes Not Fade Away)
11.スリップ・スライディン・アウェイ/Slip Slidin’ Away
12.コンドルは飛んで行く/El Condor Pasa

「スカボロー・フェア」は、やっぱりいい歌です。

スカボロー・フェア(市)に行くのかい?

パセリ、セージ、ローズマリー&タイム…

どうかある人を訊ねておくれ

かつて真剣に愛した人なんだ

イントロのギターソロで、みんな鼻をすすってました。

ちなみに、バンドのギターのおじさんはすごかったです。
ギター、ウッドベース、コーラス、フォルクローレのケーナ(コンドルは飛んで行く)
この人は、マーク・スチュワート、という有名なギタリストさんでした。

マイケル・ジャクソンを偲んで

後半の曲目は、

(アート・ガーファンクル ソロ)
(ポール・サイモン ソロ)
19.ニューヨークの少年/Only Living Boy in New York
20.マイ・リトル・タウン/My Little Town
21.明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water

サイモンのソロ「ブライト・アイズ」は、『マイケル・ジャクソンへ捧ぐ』だったと聴きました。

誰もが、どこにいても、マイケルの死を悼んでいるのでした。

アンコール

「明日に架ける橋」で感無量のところに、アンコールが2回ありました。

アンコール 1
22.サウンド・オブ・サイレンス/Sound of Silence
23.ボクサー/The Boxer

アンコール2
24.木の葉は緑/Leaves That Are Green
25.いとしのセシリア/Cecilia

「サウンド・オブ・サイレンス」が聴けた!

あのダスティン・ホフマンがあんなに若かった頃の歌。
もう、これが聴けただけでも来てよかったと思いました。

驚いたのはその歌声。

正直、「天使の歌声」は期待していませんでしたが、「ぜんぜん変わってないじゃない!」…とまでは言いすぎにしても、キーも、声の伸びも、まったく違和感がありませんでした。

ついでに、二人のシルエットも、変わってない。

ノッポでちょっと猫背で、きれいなお顔だちのアート。

小柄で、知的で、繊細そうなサイモン。

最高の旧友じゃないですか。

ずっと、ずっと唄っていて欲しいと思いました。

あすは…

いよいよ、『サイモン&ガーファンクル』の東京ドームコンサート♪

わくわく…これが最期と謳ってるだけあって、いい席の入手が大変だった。

でも、肝心のS&G大ファンの兄が、行けなくなってしまった!

私なぞより、兄のほうがS&G世代…なんだか可愛そうなので、家ではあまり口にしていない。

「スカボロー・フェア」をギターで稽古中なので、生で聴けるなんて夢みたい。

「サウンド・オブ・サイレンス」の、あの透き通った歌声は健在なのだろうか。

でもなにより、あの古き良き「オールド・フレンド」の二人が、今もこうして一緒に弾き唄う姿を、私もみてみたい。

エンジニアの友人のTさんもいっしょに行きます。

感動するのはわかってるから、また後日、頭を冷まして記そっと。

かけぬけるアイ

幼く若い頃、「疾走」という感覚が、いつも自分の中にありました(決して、脚が早いわけではありません)。

誰にも「静」と「動」の二面があると思いますが、その「動」のほうが、自分の場合はどうも無謀に加速してクラッシュさせる傾向にあった、ということです。

つまり、アホでした。

□自転車では、滅多にブレーキをかけない

→はじめて補助輪がとれたとき、木に正面衝突して肋骨が折れた。

□ゴーカートで男の子に混じってレースして1位!…んが、ゴール手前でよそ見してブリッジに激突。車を破損。

→監視員に「お嬢ちゃん、もう乗っちゃだめ」と降ろされた。

□富士山に登ったとき、「てっぺんまで行きたい」と思って別の道に逸れて消えた。

→追いかけた先生にみつかって、降ろされた。

□逃げ足も早かった(捕まりたくなかった)

□ピアノで、先生によく「男の子みたいな演奏する」と言われた。タッチの強弱ではなく、曲想が…と思います。(そういえばギターでも言われた)。

これはあくまで「子供の頃のハナシ」です。

でも….性質として、多少は残ってるのでしょうネ。

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この「疾走」というコトバが見事に似合うのは、やはり「若者」です。

感情の爆発、発熱、発散….走り出したら止まり方がわからない。

中高年になったのなら、それはスピードダウンやコントロールの技が身に付いてるわけなので、この「無謀さ」にも似た響きをもつ「疾走」は若者のものなのです。

「モーツアルトの哀しみは、疾走する。」

と、とても上手いこと書いのたのは小林秀雄さんです。

モーツアルトにハマるのはこの「疾走感」を感じるときですが、彼は永遠の若者だったのでしょうか。

もう一つ、思い浮かぶ映画があります。

23歳で「恐ろしき才能」と評された、レオス・カラックスの『汚れた血』。

監督も若ければ、役者もの男女も若い。

往年の名俳優も出ていますが、なんといってもまだ新人のジュリエット・ビノシュ、ジュリー・デルピー、そして監督の分身といわれるドニ・ラヴァンがやたら美しい。

とくに、女の子はすご可愛い…!

1本の映画のなかで、女優のこんなに可愛い瞬間を捉えたカラックスは素晴らしい。

それに、この作品の「疾走シーン」は忘れられません。

10代の私には鮮烈だったし、この映画が上映されたときの大人達の興奮も、よく覚えています。

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いまは「疾走」できた自分に逢えません。もちろん、それで良いのだと思います。

でも天才は、走り抜けて止まらないのかもしれませんネ。

「永遠に駆け抜けるアイがある」、そう思ったアレックス。

森を走るバイク、デビッド・ボウイの「モダン・ラヴ」にのって夜の街を疾走するドニ・ラヴァン、車から飛び出すジュリエット・ビノシュ。

今もときおり、彼らに逢いたくなります。

『汚れた血』英版トレーラー

Billie Jean

マイケル・ジャクソンの唄い踊る姿が連日流れているけれど、つい見入ってしまうし、見飽きません。

朝、支度しながらふっと目に入った追悼式。

マイクを握らされた12歳の娘さんが戸惑うように「生まれたときから(人が思うよりも)最高のパパでした」と言って顔をゆがめ、でもこれだけは言わねば!とばかりに「パパ愛してる!それしか言えない」と声を振り絞った姿に、涙腺がプチン。

やっと安らいだ天国のマイケルも、あの瞬間だけは生き返って我が子を抱きしめたかったんじゃないだろうか…なんて思ってしまう。

…と、そうやって世界中の人が思いを巡らせてしまうような、そんな魅力がマイケル・ジャクソンにはあったのですね。

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私は「スリラー」の頃まだ小学生でしたが、その後に知ったジャクソン5の「I Want You Back」に印象が強いです。

喫茶店でBGMがかかっていて、当たり前のように会話に夢中になっていたのですが、この歌はやけに耳に残る。
子供の声だけど、アカペラでも聴けるくらい歌唱力が抜群で、朗々とした良い気分になる。
この子、誰だろう?と思ってお店の人に聴いたら「マイケル・ジャクソンだよ」と。

ええ!あのスリラーの???

…やっぱり、すごいんだ。

な〜んて、驚いたのを覚えています。

よくお友達とダンスしながら聴いたのが「オフ・ザ・ウォール」や「スリラー」。

中でも好きだったのは「Billie Jean」。

スリラーにはたまげましたが、「ビリー・ジーン」は曲が好きで、白と黒の衣装でムーンウォークするマイケルのダンスがカッコ良くて…。

なんてゆーか、マイケルのダンスは全身に「風」がなびいてる。

つまり、1本のヒモに風があたると上から下までなびくように…些細な振りの時も、マイケルの身体は全にムーヴが起きている。

だから、すごいんだね。

「ビリージーン」が流れるペプシのCM。
(↓)いいCM作ってるな〜。子役のダンスにも注目。

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