Home > Archives > 2009-10

2009-10

this is it -つづき

わたしは単細胞なので興奮すると寝ても覚めてもおさまりがつかない。

こどもみたいに、何度もみないと消化できない。

マイケルの「ライヴ・イン・ブカレスト」何度もみてたのに、映画2回みて(もいっかいくらい観るかも)、んでまたdvdみた。

17年前のライヴと今年の、さほど違ってみえないのはなぜだろう?確かに年はとっているし、リハなので全力ではないけど、マイケルのステージングは最高にいい。

「お金かけてるから」?…とんでもない。お金でごまかしても観客はいつまでもついてこない。

ちょっと頭冷ましてかんがえてみた。

まずダンスの振り付けはすごい。

幼い頃「ビート・イット」や「スリラー」をみて、衝撃だった。
「ウエスト・サイド・ストーリー」くらい衝撃で、以後いろんな歌番組やコンサートやライヴの振り付けみてもあれほど興奮しない。

今回の映画を見ていて、かなりマイケル自身がアレンジしてダンサー達に振り写ししている様子が伺える。

ダンスがいい?

…違う、そんな分析したいんじゃない。

たとえば「human nature」といういい歌がある。

シンプルに、ただ一人マイケルが舞台の上で唄っている。

ガラスの街に閉じこめられたようなパントマイムしながら唄って、NYの…都会の孤独みたいな感じが素晴らしく表現できていて、ほんとにいい。

「お金をかければいいものになるんだ」なんて言った人がいたけど、大仕掛けになるのは、ごまかすためじゃない。マイケルの持つ力に、セットが負けないためだ。

「smooth criminal」のような歌では、群舞になる。

バックの振り付けもほんと良いのですが、ちょっとした歌のうねりで、マイケルが一人で振りを「ハズす」。

そのスウィング感が、歌の節にぴったりで心地良い。

アステアのダンスが粋なのも、そんなセンスのおかげだ。

バックダンサーも一流だけど、マイケルは「唄うように踊っている」ので、ただダンスしてるのと全然ちがう。

演技、でもない。ダンス、でもない。

やっぱり….「音楽」してるのだ。

マイケル・ジャクソンは、一にも二にも、「音楽」。

「歌が上手いか、踊りが上手いか」という感覚じゃないと思う。

よく先生は、楽器のレッスンするさい「唄いなさい、唄うように奏でなさい」といいます。

ダンスの先生は「音を聴きなさい、感じなさい」といいます。

そんな風に、マイケルは「全身で音楽してる」としかいいようがない。

今回の映画でマイケルは50歳になろうとしていたのだけど、頭の先からつま先まで、ビンビンと音に振動していて、神経が張りつめていて、どこも「たるんでいない」。

名演奏者が老いてもキレある演奏をするように、マイケルも相変わらず全身で音を捉えているので、老いを感じさせない。

途中、マイケルがデュエットの女性シンガーに「なぜここでグッ!といかない?」と言わんばかりに腕を振り上げるシーンがあります。

あれは、緊張のせいだと思います。
と同時に、「音」に乗り切れていないせいです。

昔、先生に「感じなさい、感じなさい、」と言われてもギクシャクしてた自分が思い出される。
「なぜ叱られるのか」ばかり考えて、全然感じてなかったからだ。

マイケルは観客の空気も動かしているので、もうステージ全体を一つの「演奏」として捉えているようなものです。

オルテガが「マイケルは、何をしたいのかわかっている」と言うのは、そういうことだ。

ココで盛り上げよう、ココで空気を締めよう、ココでじらそう、ココで観客の呼吸を整え、興奮がおさまったところで次のキューを出そう、….

それが真のステージングならば、マイケルは超級だ。

私個人としては、あのシンプルさが好きだ。

中途半端なMCで、ショーの流れを止めないほうがずっといい。

マイケルは、リハに臨むまでにその全ての構想が出来上がっている。

何度みても「心地よい」のは、そのマイケルマジックにどっぷり身を委ねられる自分がいるからだ。

this is it

マイケルのコンサートリハーサルをドキュメント化した「this is it」

きのう封切られて、はや2回みちゃったし。

ヒマなわけじゃないんです…むしろ最近いろいろストレスが多く、そんな中楽しみにしていたので。

ドキュメンタリー映画としてどうか、なんてことはわかりません。
とかくマイケルのリハが見てみたかった。

んで…

マイケル、かっこいい!!!

歌も生歌でほんと上手いし、ダンスも、まったく健在。

でも顔とか、ダンスじゃなくて、人間としてかっこいよかった。

「プロ」の姿は、あの柔らかい口調はそのままでも、やはり「厳しい」。

ものすごく指示が細かい。

オーディション場面も盛り込まれていて、向こうのショービズの空気感にはほんと興奮します。
それを静かにみつめるマイケルが、ステージにあがると途端に「光」となります。

みんなが白熱するなか、音をピシッと止めて

「…そこのベース、もっとファンキーに」

「ここは1小節あける。僕のキューを待って」

といった具合。

「ここは、〜が〜するように」

音楽を、絵や詩のように表現する。

マイケル・ジャクソンは、本当に聡明な人だと思う。

いろんな仕掛けがあるわけですから、そのタイミングを覚えるだけでも、プロのミュージシャンたちは「大変な作業だ」といいます。

監督が「後ろむいててスクリーンの映像の切り替えがわかるのかい?」と言うと

「空気感でわかる。だから僕がキューを出す。」

また、キーボードがちょいとアレンジすると

「ストップ。オリジナルを大事にして。」

「もっとシンプルに」

いやはや、すごい耳。

そして、これはもう並はずれた彼の才能ですが、身体がリズムマシーン化している。

50歳???

シンジラレナイ。

細かい音やリズムも、まるで彼の身体から発せられているような視覚マジックに陥る。
ちょっとしたドラムのアクセントも、約1秒早く(これがマイケル)先に身体がキューを出している。

ああ…やっぱりこの人は幼い頃からこの世界にいて、「感覚」がすごい。

『BLACK OR WHITE』の、ギターの若い女性のソロ。
「もっと高音をだしてごらん?もっと…いや、もっと高く。いいかい?ここはキミが輝くところなんだ。僕も一緒にいるから。」
ズギューン(→観客のハートを打ち抜くピストル)
隣の女子高生とおばさまが一緒に「きゃ!」と叫んでました。
私はハンカチ噛んでました。

「怒ってないよ。これは愛。」

こんな調子で、ダンサーもミュージシャンも、男子女子問わず、また何十歳も年下の若者たちの目も、「マイケルのためなら何でもするぜ!」という雰囲気で、それが素晴らしい。

ああ、それにしても、これだけの力を集結したコンサートが幕を開けなかったなんて…

見終えたあと、冒頭のダンサーたちの「マイケルを夢見てここまで来たんだ!」という涙が浮かびました。

スタッフ、ミュージシャン、ダンサー…彼らの無念さを思うと…。

あのフワっとしたイメージと裏腹に、マイケルも神経質なくらいに全神経をはりつめた人なのだということが伝わってきました。

ああいう人は…身体が寝てても神経はなかなか寝ていられないと思います。

うん…繊細で…やっぱり、ああいう人なのだろうと思います。

ころんでも、ころんでも

久しぶりにプルシェンコを見たら止まらなくなってしまいました。

きのう職場で先輩女性が「あの人王子さまみたいね」というので、お茶を吹きそうになってしまいました。

いえ、今でももちろん素敵です。だってまだ25歳。

でもプルシェンコといえば、病欠したイリヤ・クーリックの代わりに15歳にして彗星のごとくシニアに飛び込んできた少年…サラサラの金髪をなびかせて、本当に王子様みたいでした。

驚くのは、大人に混じってのめちゃくちゃに強気な演技。

何度も何度も転び、止めておけば点も落ちないのに、何度も、何度も4回転に挑む。

壮絶なシニアデビュー戦です。

1998年世界選手権

こんなに転ぶ子、みたことありません。

そして最後は見事なジャンプ。

なんという根性!

でもなんとなく…わかる気がします。

同情されて終わるより、転んでも、飛びたい。

転んでも、飛びたい…!!

結果は3位ですが、感動です。

そして2001年にはダンス力も最高に。

「ボレロ」

精神年齢の発達も相当早かったのでしょうか。
今はベテラン、その面影はありません。

が…まだ25歳です。

すごい。

フィギュアスケート・ロシア大会。

エフゲニー・プルシェンコ、堂々の復活優勝。

(まだ本日と明日、放映あり)

やっぱりね!…とはいえ、予想以上の強さに「これがこの3年、国際試合に顔をみせなかった人の演技?!」と驚いてしまいました。

しょっぱなから完璧な4回転-3回転、そのあと完璧な3アクセル…クアドが美しい。

ショートPでは一つ失敗したジャンプも、長丁場のロングPで強気に跳ねとばし、相変わらずダンスのキレというのでしょうか、表現も魅力的。

ショートPで大好きな「アランフェス協奏曲」が流れて、こみ上げるものがありました。

私は、いつもプルシェンコの強靱な精神力、「強さ」に感動します。

こちらまで「何度でも頑張ろう」という気持ちにさせられます。

3年ものあいだ両膝を傷め手術し引退と言われ、アイスショーばかり出ていながら、ちゃんと技術をグレードアップさせているではありませんか。

身体も絞って、トリノの頃の体型に戻している。

この選手はどうやら幼い頃から、大会の最中でも負けそうになると電光石火のごとくパワーアップして、勝ち気にジャンプを挑んだようです。

今回はブランクがありながらも追われる身、世界中が「王者の復帰」と注目する中トップバッターで演技して、首位を守り抜き、優勝。

強い….強さの次元が違う。

「幼い頃に親元を離れ、寂しくなって泣いても、鼻血がでるほど練習した」

努力(練習)にまさる自信はないということを思い出します。

囲碁の藤沢シュウコウさんが言っていた、「並の努力じゃない、自分で“人一倍練習した”といえるだけの強烈な努力」。

この人には自信がある。

この人なら、オリンピックで2連覇も夢ではないと思う。

エフゲニー・プルシェンコ

フィギュアスケート…

今日からのロシア杯に、トリノオリンピックの男子金メダリスト、「ロシアの皇帝エフゲニー・プルシェンコ」が帰ってくるそうな〜!

大会出場は何年ぶりでしょう?もう引退してしまったのかと思ってました。

わくわく☆ワクワク☆

トリノオリンピックをぼおーっと見ていてプルシェンコが出たとき「え、いまのフィギュアスケートって、ここまでのレベルになっていたの?!」と驚きましたが、よく見るとプルシェンコという選手は、他選手と頭一つどころか五つくらいは抜きんでた才能の持ち主でした。

あの時のNHKの実況アナウンサーの「□×△◎☆?!」な、もう何言ってるかわからないような興奮が面白すぎて何度も録画をみたものです。

ひとつ見てみてください。
観客の嬉しそうなこと!(ちょっとハレンチだけど)

2005エキシビション
「SEX BOMB」

トム・ジョーンズの歌がこんなオモロイことに…。

鬼コーチのミーシンはどんな表情で見守っていたのやら。

そして、2006トリノでのプルシェンコ・オンステージ
「トスカ」

あのバイオリンの生演奏も素敵だったなあ。

ダンスが上手いし、美しいジャンプ、そしてなんと言ってもスピード感…ショーマンシップも持ち合わせていて、本当に希有な選手なんだな〜と思います。

早く今回の放映が見たいです。

コンクール

うあっ…前回からもう9日経ってる、早い!

先週はギターの合奏コンクールがありました。

会場は鎌倉、お天気も良くて、仲間のみんなとワイワイ…

結果は「金賞☆」最優秀のつぎ!

私は初めてでしたが、ほんとに楽しかったです。

1年経って皆さんとも随分親しくなりました。
考えてみると週に1、2回は顔を合わせているのですから、親しくなるのも当然なのですが、そのわりにお互いのプライバシーはほとんど知りません。

その「距離のとり具合」が、とーっても心地よくいられる秘訣だと感じます。

なんたってギターや音楽が好きなことは完全一致してるので、話は尽きません。

いつもは「飲み」に参加しない私も、この日の打ち上げには参加して、皆さんと会話を楽しみました。

そこでめずらしくお仕事の話になって驚きました。某有名百貨店の元社長さんや、日本が誇る大企業の元社長さんや、天皇陛下に××賞を授与された方などなど…いるではないですか….これが同じ会社だったら口もきけないようなお方が。

普段レッスンでお調子者してた私は

「は…○○さんや▽△さんや□□さん、そうだったんですか。」

というと、

Aさんは「ハイ。先生もみんな知ってますよ。」

みんなは「ここではカンケーないわよ」

ごもっとも。世の中には、さりげな〜く自分の肩書き自慢にしてる人たっくさん見てきましたが、この教室にそんな人は一人もいません。

それに、ハイヤーを使ってる人もいません。
70歳を過ぎていても、どんな地位でも、自分の足で、狭い階段をゆっくり登り降りし、そしてお洒落な服装でパイプ椅子に座り、アンサンブルしています。

A さんは高齢なので周囲が思わず手を出そうとしても、

「自分でやらなきゃ、自分のためにならないんですよ」

とゆっくりにっこり微笑む。

合宿にも参加して、個室は使わずみんなと同じ部屋。

なに一つ文句も我が儘も言わない(若い子のほうが文句は多い)。

実はこのAさん、偶然にも私の職場の先輩女性が、昔務めてた会社のお方だった。
先輩にAさんの名前を言うとと大はしゃぎ。「昔はね、あんな男性ばかりだったのよ。全女子社員の憧れの的だったわよ」という。

わかる気がする。知的でステキな老紳士だもの。

ほかにもそんな人が数人いる。

ギター愛好家には、そんな人が多いのでしょうか???

それとも、先生が生徒からの信頼が厚くステキな人だから、そういう人が来るのかな。

よくわからないけど、あのあたりの皆さんに関してはいつもカッコイイなあ〜…と思います。

この教室で出会って結婚したMちゃんとSくんや、晴れてバンドデビューしたYくんや…
、5歳〜86歳まで、音楽しながらこんな楽しい仲間がいるなんて、私には新鮮な驚きでした。

…やっぱり音楽って、いいナ。

O mio babbino caro

ソウルにも、オス猫としてのジェントルマンシップが….

あるのか、にゃいのか。

プッチーニのオペラに「O mio babbino caro(私のお父さん)」という結婚式ソング…いえ、アリアがあります。

私は、自分が結婚してもこれだけは唄わないと思いますが、いい曲です。

今日は朝から父を連れて、大きな病院へいってきました。

肺気腫を患う父の、胸の検査のためでした。

久しぶりに父を車椅子にのせ、半日ほど行動を一緒にしました。

家の中では、父と私の会話はいつも空中分解。

娘の手出しを煩わしがり、ケンカになってしまうのですが、今日は案外と上手く過ごせました。

けれど、人の多い場所で客観的に父をみていると、つくづく父は父だなァ…と何ともいえない気分になりました。

まず朝、時間になって部屋から出た父は、クリーニング後のシャツとスーツを着ていました。

これはいつものことです。

玄関を出て、手を出すと…「いらない」。

そして酸素チューブを着けようとすると、「車に乗ってからでいい」。

近所の人に見られるのが抵抗ある様子。
これは職場に出ていた頃も同じで、小さい会社ながら経営者の父は、社外の人前で酸素チューブを装着しようとしなかった(ので、家族はハラハラした)。

病院に着いてから、私は強く感じた。

「はっきりいって、96歳のオバーチャンのほうがラクだ。」

祖母は車いすを自分で引き寄せ、座位も腰を揺すって定め、足板も自分で倒し、よろけると片足でバランスとって身をひるがえすという、驚異的な反射神経の持ち主。

対して息子の父は、とっさに足を伸ばしたりできない。
お手洗いでも時間がかかる。

その理由の一つは、服装にあります。

看護士さんが「はい、上着脱いでくださ…..え?」

見ると、父はサスペンダーをつけていた。
シャツの下には、前あきの下着を来ていた。
「脱がされたくない」と思って購入していた(そりゃ無理だ)。

場所が場所なのでネクタイこそしていないものの、ちょっと移動するにも、「待て」といってボタンをしめシャツを入れ、ベルトを締めるので、時間がかかる。

短気な私は、イライライライライライライライライラ…..、けどそれが父なので辛抱した。

結果的に、来月検査入院をすることになりました。

その1泊入院を、「個室にしてくれませんか」という。

なんで?贅沢じゃない?うち、お金持ちじゃないよ?

父は「夜中何度もトイレに行くし、咳もうるさいので、周りに迷惑かけたくない」という。

看護士さんが「空いてない」というと「じゃ入院しない」と言い出す始末。

「あ・の・さ!命とどっちが大事?」と言うと

「….でも嫌だね。」

ピキピキピキピキ…..!(→娘のこめかみ)

ここでまた空中分解にならぬよう、ひとまずなだめて会計を終えた。

呼吸も苦しそうなので「帰ろう」といっても、「お前、お腹すいただろ」といって無理にレストランに入ろうとするので、一緒に食事をした。

「今日はすまなかったな。好きなもの食べなさい。」

食の細い父と外食するのは、とても久しぶりだった。

——————

父は、戦前の大地主の長男に生まれた。

終戦のラジオ放送を、村人が庭に集まって聴くような大屋敷だった。

祖父(父の父)は、九大の医者だった。

父いわく、「昔の医者は威厳があった」そうな。

黒い鞄に、磨かれた革靴。昼夜かまわずどんな病気も診なければならないので、責任や重圧も強く、ストレスがハンパではなかったので、子供でも近寄れなかったそうな。

そんなわけで「先生」と呼ばれる人に対しては、たとえ年下でも敬意をはらい…といった心構え。

ところが、オバーチャン(その祖父の妻ですね)は「異端」だった。

「昔は昔、今はベルトコンベアーだからね」って感じで、年老いた外科医に「若くて視力のいい先生が執刀してくれないと嫌だ」などと注文つける。
(ある意味どっちも我が儘だ)

親子でもこうも違うもの?といつも思う。

—————————

母が亡くなって10年近く経ちます。

父は家事こそしないものの、自分のことは自分でやり、娘の私にも余計な手出しはさせません。

男の人というのは、「やっかいだな」とつくづく思います。

自分はファザコンではありませんし、むしろ、反発的でした。

以前に女医の友達Y子と話していたとき、彼女の父親も同じような感じで、やけに話が合いました。

その彼女ですが、結婚した相手はまるで「そんな感じ」の人で驚きました。

「ええっ!なんで???…(悪寒)」

すると彼女は言いました。

「でもね、やっぱりだらしない人は、生理的にダメなんだよね…」

私は、とてもわかる気がしました。

母が病床で言ってました。

「おとーさん、いつもパリっとした服装で清潔感があって、よく学校の先生と間違われてた。そこは好きだったわね。」

そんな母が亡くなった日の夜も、父はいつもどうり夜の9時に寝床に入り、朝の4時に起きて、湯をわかしていました。

そして、外では飲まず自分の部屋でしか酔いつぶれません。

私も外でみっともなく酔いつぶれる人は苦手ですので、やはり親の影響というのはとても大きいのだなあ…と思うこの頃です。

検査の結果はわかりませんが、娘としてはせめてあと10年はしぶとく生きていて欲しいと、切に願います。

zopf

きょうはとことん「パンがすき!」なひとに。

この情報は、パン好きの女医・Y子からはいった。

Y子「ね、ね、実家は松戸でしょ?!」

「うん」

Y子「いーく〜!!!」

は?!今まで来たことないじゃん。」

Y子「フフフ…いま一番人気のあるパン屋が、そこらへんにあるらしいじゃん。」

きけば私の実家から近くとはいえはないけど、同じ市内。
そこに、パン好きの聖地があるらしい。
東京にいたし、グルメ番組みないし、そんなのまーたく知らなかった。
どうやらインターネットの口コミや雑誌、TVで話題になり、開店時に車と人の行列ができているらしい(すげ!)。

そのお店の名は、「Zopf」(ツオップとよむ)

「わかった!いちど行ってみる」

よし。友人に先回りして行ってみよう。
そして、「うらやましい〜」と指をくわえさせてやろー!

がっはっは!!

——————–

….そんな妄想をしてから、はや2年。

食べるために遠くに行ったり、並んだりするほど執着がなかったりする。
(お気に入りの散歩道にふっとあったりすると最高なんだけど)

彼女はのち結婚して、引っ越しました。

「もうね、すんごーく良かった!お店が童話のお家みたいで、なんかシアワセ〜って気分。
店主が庭で育ててる葡萄の酵母(!)とかね、世界中のいろんな酵母があってね、サンドイッチの中身もフランス料理みたいで、パテとか、ドライトマトとか、大きな豆とか、こんなのどうやって作ったんですかー?ってくらい美味しいのよ。
それからね、デザート系のパンもサイコー。パイ生地がサクサクでね…」

…..わーったよ!

「なんで連絡しないのよ〜(ついでに買ってきてほしかったし)」

Y子「だって、彼といったんだモン。」

指をくわえたのは私だった。

というわけで、まだ口にできていない!

パンが好きでおヒマのある方、一緒に行ってみませんか?

Home > Archives > 2009-10

Search
Feeds
Meta

Return to page top