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2009-12

Thanks 2009

ソウル、大晦日はキミもシャンプー&爪切り&お耳そうじヨ。

そんで除夜の鐘を一緒に聴こうね。

今年も家族みんなが無事だったこと、

健康に、ギターや歌やダンスができて、

楽しい仲間と親しい友人知人に囲まれたこの一年に。

感謝をこめて…カンパイ!

それではまた、2010年に☆

はしれ!

今年もあと3日!

12月がソウルのようにすばしっこく過ぎ去る。

かろうじて年賀状は出したけど、忘年会や知人友人と逢ったりしてこの数日はあっという間でした。

きのうは音楽家のMさんと、来年の抱負やいろんなお話しました。

Mさんは年齢的には大先輩ですが、書籍や音楽のお話だと白熱してしまいます。

今年あまり顔を出せなかった青山でいちば〜ん好きなカフェレストランに行けて、楽しかったです☆

———————

今日は、アヤさんと短いけどお茶をしました♪

いつも楽しいオーラを振りまくアヤさんに、1時間が2、3分に感じるくらい笑いっぱなしで腹筋が痛くなりました。

書きたいけど、体力温存して今日はこのへんで(^▽^;)

まだヘアカットの予約があるし大掃除もあるしソウルのワクチンも予約があるしお墓参りや、いろんな買い出しもこれから…

年末ってこんな忙しかったっけ!

でも、やはりさっぱりした気分で新年を迎えたいので、「さあ、走れ!!」と気合いいれてます!

newリンク

脚本家のピートさんがブログ『田舎暮らしの脚本家』を公開したそうです!

ピートさん!いつも下のほうの記事にコメントを下さいますが、フロートされないと気が付きにくいです(しかもなぜかレスできなくて)…お返事が遅くなってすみません(^^;)
せっかくいただけるコメントなので、記事内容と関係のないときや、お知らせなどはぜひ!最新記事にお願いしますm(_ _)m

というわけで、ピートさんのブログなら面白いにきまってますね。

みなさんのぞいちゃいましょー!!

-つけたし-

あと「なぜかこのサイトに流れ着いてしまった…」という奇異な貴重な新しいお客さま!(登録が必要になりますが)申し訳なくももスパムに捉えられたり、謝って消してしまうことがあったので、最新記事に一度コメントいただけるととても嬉しいです。足跡お待ちしてマース!

X’masカード 

(ソウルよりスピーチ。)

「にゃーるープショ」

ー 子どものみなさん、ソウルです。

「るあっグルグルにゃーにゃーみゃ」

ー ぼくも、みんなも、神さまの子供です。

「うルル、がルル、わおん!」

ー おっきくなろーね。

きょうはソウルを連れて、とある病院へ行って来ました。

そして、歌をうたいました。

ごほうびに、夜ソウルにもケーキをあげました。

きょうはソウルの頭にも天使の輪…?

…てか、なんてまんまるな頭なんだ。

——————————

また先日は、ギターの合奏仲間と都内の「キャンドルコンサート」に出演しました。

ギターを弾いたり、「きよしこの夜」唄ったり。

お客さんいっぱいで、歌やピアノよりもずっと!緊張した…でもこれも経験なのダ。

その夜、はるかフランス・パリよりいいものが。

医師を辞めて、ことしシェフのご主人と一緒にパリへ旅立った友人A子さんから、クリスマスカードが届きました。

夏に彼女から手紙を貰ったわたしは、秋に「柿ピーと羊かんと玉露」を小包で送りました。

ウケたらいいな〜と思って送ったのですが、どうやらちょっぴりウケてもらえたようで、「うふ、やった。」と小さな満足感に浸った、ちっさい私。

と、そこに書かれてた一文が、ビリビリっと身体を走りました。

「パリにおいでよ。一緒にカフェしたりケーキ食べたり散歩したり本屋へいこう。」

フランスに憧れてフランス語をかじってた私ですが、なんか、きっかけがつかめないまま10年くらい経っていました。

それが、この一文で「行っちゃおっかな」と思ってしまいました。

しかーし!我が家のこと考えると現実的でない。
最低6日間はかかるとして…ソウルも心配だし、兄貴だけに任せて楽しんでしまっていーのだろーか…云々。

でも、友人がいるうちに行きたい!

で、結局…来年の春、発表会が終わった頃に考えることにしました。

どうせ4月まではいろいろあるし。
我が家の環境は一寸先がまったく読めないし。

….でも、ひっかかる。

そーだ。
わたし、自分へのX’マスプレゼントを考えていたんだ。

「ことしは(も)服とかぜんぜん買わなかったし(あいかわらず貯金はないけど、ブツブツ)….よし、決めた。フォークギターを1本買う!来年は練習するぞ。」

そしてカタログみたり、先生や友達に相談したり、盛り上がっていた。

なのにフランス旅行してしまっていいのだろーか。
でも、旅行はシーズン外せば安く済む。
狙ってるギターとは額が違いすぎる。

うんにゃ!整理しよう。

ギターは、今年のX’マスプレゼント。
→ちなみに去年は、お初のクラシックギターだった。
じゃ旅行は、来年のX’マスプレゼント?(の前倒し?)

っだー!!

わからなくなってきた。

悩む前に、節約しよっと。

うん、いい!

先日友人に引っ張られて観にいった長渕剛さんのコンサート。

驚き感動した私をみた友人Hは、長渕さんのいろんな影像みせたり聴かせたりしてくれました(ありがとね!)。

昔よくみた歌番組に出ていた長渕さんは、私、まだ幼くてよくわかりませんでした。ドラマでのコワイ印象のほうが強くて…。
でも大人になって時折TVで見かけると、なんかイメージちょっと違って…「一つのことに夢中になって努力する、やんちゃな人なんだな〜」って思うようになりました。

いま自分がギター始めてちゃんと鑑賞してみると、長渕さんの凄さが少しずつわかってきました。

先日のコンサートでは、その演奏力に圧倒されました。

ステージにたった一人。

バンドもコーラスもいない。

なのに、うねるように曲が盛り上がっていく。

一人で唄とギターとブルースハープを奏しながら、歌の世界がぐんぐん広がるというか、充満していくというか…気迫がありました。

どちらかというと好んで聴く曲想ではなかったのですが、今はそんなこと関係なくなりました。
「ああ、魂なんだな〜」って。

「巡恋歌」

これ↑昔の歌番組ですが、司会の吉村さんが「天才だ」と仰ったそうです。

ピーター・ブルックとアステア …X’masによせて-3

いちばん書籍に影響を受けたのは、やはり中・高校生のころです。

多感な年頃ですから、鉛筆でライン弾いたり、感想を余白に書き残したり…今開くと当時の興奮が伝わって気恥ずかしくなります。

なかでもボロボロになるまで読み返したのがこの2冊。

(左)『なにもない空間』/ピーター・ブルック著

60年代に出版されて以来、今も演劇を志す人のバイブルと言われる名著ですが、メソッド本ではありません。

原題は「the empty space」。

おおざっぱに言うと、

「演じる者&観る者がいれば、そこは劇場である」みたいな…。

これ読んで無限の可能性を秘めた「空間」に思いを馳せました。

小劇場、歌舞伎、新劇、ミュージカル、なかでも「能」それも「夢幻能」を観たときはショックでした。

(右)「アステア・ザ・ダンサー」/ボブ・トーマス著

現在は絶版、中古で手に入ります。

今やアステアの名をどこでも耳にしますが、当時はビデオだって今のように何でもみれななかったので、イエローページで関東のビデオ店に問い合わせしながら、アステアの作品を求め、てくてく電車に乗って歩き回りました。

たいていマニアックな作品は、六本木のWAVE…それと、なぜか千葉の南行徳のとあるビデオ屋さんにレアな作品がおいてあって、一人さみしく借りに行った記憶があります。
(さらに悲しいのは、また返しに行かなきゃならないことでした)

それがいまやyou tubeなんて!…驚いたことに、この本でも紹介されてる「an evening fred astaire」(アン・イヴニング・フレッド・アステア)という、エミー賞9部門をさらった伝説のTVショーが観れます。

時代の変化ってすごい…こんなの一生みれないと思ってました。

このTVショーは、アステアが映画の一線を退いてのち制作したものです。

ある日、無名のコーラスガールだった19歳のバリー・チェイスという娘を、60歳ちかいアステアが食事に誘う。それも、何度も誘う。

彼女はびっくり仰天しながらも、アステアと親交を深める。

周囲は二人の恋仲を疑いましたが、アステアからの男女の誘いは一度もなく、彼女も「なにが目的なのかさっぱりわからない」まま1年以上過ぎたある日「一緒にダンススタジオへ行こう」と誘われます。

そこでやっと彼女は、アステアのショー番組で「私がダンスパートナーを務めるのだ」と知るのです。

アステアは彼女を食事に誘いながら、ウマが合うかどうか、そして自己管理ができるかどうか様子をみていました。空腹にまかせてパクパク食べていれば「NO」なのです。

「彼は私を自宅に招いても、夕食が出来上がった時間には帰るように促すのです。なぜかって?それは、彼がフレッド・アステアだからよ」

共演者は大変です。アステアは女優に対してただダイエットしているのではない、色んなアンテナを張って勉強している、常に「ON」の状態にあることを求めていました。

周囲が恋仲だとばかり思っていた二人は、その後も友情をはぐくみ、バリーは学者と結婚し、アステアは愛妻を亡くしたあとしばらく独身を通し(やがて30歳以上年下の女性と結婚しますが)、長きにわたって良きダンスパートナーの成功例となりました。

私はこのプロフェッショナルなエピソードがなんか好きです。

姉と弟…光と影

ザ・無重力。この肉体はいったいどーやって出来上がるのか?

本を読んでわかりました…単に食べないのです。はは。

では、アステアの身体が風のごとく音楽に「なびく」のはなぜか。

それはきっと完璧主義のせいでしょう。

いまだこの「なびく」肉体には、なかなかお目にかかれません。

軽やかにとんだかと思えば、ドラムのようにドシンと床に張り付き、手も腰も表情にあふれています。

意外にも、筋トレやマラソン、柔軟などはしなかったようです。
代わりにとかく踊って肉体のあらゆるパーツを思いのままうごかせるよう訓練していたそうです(それのほうが過酷です)。

自分のテイクをみては「重いな」とつぶやき(はい?!)つま先の見え方、靴ひもの映り方までこだわったようですから、タネも仕掛けもない、アステアは「めちゃくちゃ練習に練習を重ねた努力家」です。

むしろ幼い頃から天才と呼ばれたのは、姉のアデールのほうでした。
姉アデールは4歳で頭角をあらわし、フレッドは姉の「影」でした。
そのアデールの影に徹したことこそが、アステアの特徴です。

アデールが結婚を機に引退したのち、独立したアステアは酷評を受けます。
けれど映画の中で、姉以外の女性と踊ったとき彼の真価が発揮されます。
「踊れない女性が、音楽のように、いとも軽やかに宙を舞う!」
ドレスの裾さばきといい、リフトといい…アステアがリードしていると、まるで「光と影」のように男女の動きが「シンクロ」して、女性が美しく映るのです。

私がアステアに感動したのは、なんといってもこの点です。

自分さえよく映ればいいのではありません。それでは作品は完成しない。
相手が映えるためには、自分が鍛え上げられていないといけない。

「アステアと踊れたなら!」と世界中のご婦人が思ったのも無理ありません。

上の衣装とダンス、マイケルの「スムース・クリミナル」でオマージュされてますが、マイケルは相当なアステアフリークで、周囲に何時間も映画をみせたり熱く語り、妹のジャネットはよくジンジャー・ロジャースの役をさせられたそうです(気持ちわかります)。

『バンド・ワゴン』の「ガール・ハント・バレエ」。

「Girl Hunt Ballet」

アステアは晩年マイケルのムーンウォークを褒め称え、自身も練習していたというのですから、あちらのエンターテイメントは奥が深いと思いました。

チャップリン …X’masによせて-2 

先日「幸福な王子」でオスカー・ワイルドを記しました。

きょうは読んだ日の感動を忘れたくないチャップリンの自伝を記。

完璧主義の映画人

「サーカス」

「モダンタイムス」

このへんの芸はすべてスタントなし!というから驚きです。
こんなにすごくて、数秒後ごとにお腹がよじれるほど笑える映画、今じゃない。

思い切り笑って感動したいなら、やっぱりチャップリン!

「チャールズ・チャップリン自伝(上)-若き日々-」

私はなんといってもチャップリンの映画が好きなのですが、このフィルムの申し子がどう生まれどう生きたのか、あるとき真剣に興味がわきました。

「人生に必要なのは、勇気と、想像力と、サムマネー(少しのお金)」

というチャップリンの言葉…この言葉は、大人になって少しばかり苦労を体験してみると、身体の芯からこたえるものだと思います。

そして読み始めた自伝、1ページ目の1行目から、手放せないまま夢中になってしまいました。

幼少期

前半は、すさまじい「貧困」の想い出です。

元・女優の母、ハンナ。父親違いの兄、シドニー。そして4つ下のチャーリー。
チャーリーの父親はそこそこ売れっ子の寄席芸人だけど、チャーリーが3歳のとき母ハンナと離婚します。

母子3人、はじめは女優の仕事もあってまずまずの生活。
ところが、ハンナが咽頭炎になって「声」を傷めてしまいます。
観客から罵声が飛んでどうしようもないとき、支配人がまだ5歳のチャーリーを舞台へ押し出します。
母の影響でモノマネが得意だった彼は、観客から大喝采を浴びて母の窮地を救う…それが初舞台でした。

母が女優を退いた後、3人は貧困を極めていく。

働けど働けど、貧富の差の激しいロンドンの片隅。
母は毎日借りたミシンで何十枚ものシャツを縫い上げ、まだ10歳にもならない兄弟は、街のいろんな職業に顔をつっこみ、家計の足しにします。

やがて三人は泣く泣く、貧民院(貧民窟)の世話になります。
母子は別ればなれになり、幼い兄弟は鞭打ちと消毒液にまみれた生活に。

耐えられなくなった母親が、執念で子供を引き取り、また3人の生活に戻ります。
けれど、貧しさは改善されることなく….

こうしたエピソードは、決して悲壮的に描かれていません。
ただ真実がありのまま時間に沿って告白されていて、それがまた、壮絶な貧しさを認識させるのです。

読んでいて感動するのは、母ハンナの陽気でたくましい性格です。

母の愛

「ごらん!通りを歩いてくるあの人、ハンサムだけど、きっとお尻にあいた穴を気にしてるんだよ」

空腹をまぎらすために、いろんな想像力を働かせて息子たちにお話をつくったり、歌ったり、踊ったり…
ある日、貧民院で面会が許されたとき、頭にタニシのいたチャーリーは丸坊主にされてやってきた。
看護士が「汚い顔してますけどご勘弁を」と言うと

「ええ、どんなに汚くてもいいわよ…ほんとに可愛いお前なんだから!」

と言って抱きしめ、なんぺんもキスをするのだ。
このお母さんは、とかく二人の息子を手元におき、無事に育て上げる…そのためだけに、生きていたといえる。

悲しいのは、ここからだ。

やがて別れた夫、チャーリーの父が、37歳の若さで肝臓を傷め死去し、仕送りが消える。
兄のシドニーがやっと17.8になって、少しばかり給与の出る船乗りの仕事に就き、渡航する。
ハンナは内職をしながら、チャーリーと二人、兄の仕送りを心待ちに暮らす。
ところが、渡航先で兄のシドニーは病にかかり、しばらく便りが途絶えてしまう。

心配に胸を痛めたハンナは、ある日精神を病んでしまう。

そのころ母は栄養失調ですっかり弱っていたことを、まったく知らなかった。

なぜか母のところへ帰らねばいけないような気がした。

門のところで近所の子供達が引きとめて、

「おかあさん、気ちがいになったよ」と小さい女の子が言った。

いきなり顔に平手打ちをくった気持ちだった。

————-

「お母さん!」「どうしたの?」

私は狂ったように泣き出した。

「みんな言ってたよ、お母さんは近所で…」
あとは嗚咽だけがこみあげた

「あれはね、シドニーを探しにいったんだよ。あの人たちがシドニーを隠してるんでね」

それだけでもう私は、子供達の言葉が嘘でなかったことを知った。

「医者を呼んでくる、すぐもどってくるよ」

———–

看護士たちが連れて行こうとすると、私を残していかなければならないことに気が付いたせいか、急に悲しそうに振り返った。

「さようなら、じゃ、またあしたね!」私はわざと陽気をよそおった。

医者は「ところできみはどうなるんだね?」という。

貧民院の学校はこりごりだったので、私はていねいに答えた。

「はい、叔母と一緒に住むことになると思います。」

病院から帰る道々、私の心はしびれるような哀しみに沈んでいた。だが考えてみると、あの暗い部屋で食べるものもなしに座っているより、病院で暮らすほうが母にとってはずっといいに違いない。

そう思うと私はホッとした。ただ、看護婦に連れて行かれるときのあのいたましい表情だけはどうしても忘れられない。

あのなんともいえぬ人の良さ、陽気な性格、そして優しい愛情が改めて心に浮かんできた。

いつも疲れ切って、心も空といった顔で、とぼとぼ通りを歩いてた小柄な母。私が駆け寄ると、とたんに表情が変わってニコニコ顔になる。

あの入院の日の朝でさえ、わずかばかりだが、ちゃんとキャンディをとっておいて…膝にもたれて泣いてる私にくれたものだった。

やっと部屋へ帰ってきたが、もうお恥ずかしいほどに何もない。

椅子の上に水のはいった洗濯だらい、私のシャツが二枚と、下着がつかっていた。

母の財布の中には半ペニイ銅貨が三枚と、鍵と質札。

テーブルの端には、母がくれたキャンディがそのままのっかっている。

またしても悲しくなって、私は泣いた。

———-

こうしてたった一人で夜明けを迎えた、まだ10歳そこらの少年の胸のうちは、どんなものだったろう。

私が一番弱いのは、まだ無邪気でいていいはずの子供が、その小さな胸に、容量以上の不安や哀しみを抱えている光景….どんな他人にも、救ってやれない重荷。

チャーリーという男の子は本当に強い。
翌日から「食べるために」荒くれ男にまじって肉体労働をしながら、母を見舞い、兄の帰りを待つ。

やがて兄のシドニーが、いい賃金を持ってチャーリーの元へ帰ってくる。
この兄も、母と弟のために辛苦をなめていたのです。

大人へ向かって

この事件よりまもなく、チャーリーはある芸人一座に拾われ、舞台デビューを果たします。

やっと18歳。ここから、持ち前の「知恵」と「勇気」と「想像力」そして「金が欲しい!」という思いからチャーリーの快進撃がはじまります。

後半、世界のチャールズ・チャップリンが誕生するまで、まるでトントントン…と階段をのぼるかのように、サクセスストーリーは「ひと息に」進みます。

兄シドニーと弟チャップリンの兄弟愛は、固く、固く結ばれたまま。

この後半がチャップリン誕生の要で面白いのではありますが…

悲しいことに、この「入院」の日を境に、ハンナの精神はもう元には戻りません。
結局、ハンナは二人の息子の成功を理解できぬまま、病院で息を引き取ります。

私はこう思いました。
きっとハンナは、神さまに自分の持つ「運」のすべてを幼い息子たちに託したんじゃないかと。

「私の命、私の自我…これらと引き替えに、この子達に未来を与えてやって下さい」

そうお願いしたんじゃないか、って。

アメリカ

チャーリーの活躍ぶりは、読んでいて嘘のようです。
そこにきれい事も、説教くさいヒューマニズムもありません。
「金が欲しい!」はじめはそれがモチベーションの全て。
ひたすらに笑いを追求したその先に、リアリズム…彼のペーソス、「笑うしかないほどの哀しみ」というヒューマニズムがある。

チャップリン映画の「湿っぽいところが苦手」という人もいますが、私は決してチャップリンがそこを強調したかったわけではないと思います。

チャップリンは、トーキーの時代になってもしばらくはサイレントにこだわり続けます。
けれど『独裁者』で、初めて肉声でセリフを発します。
あのヒトラーの雄弁、芝居がかった熱弁を表現するには、言葉が必須でした。

「(恋人)ハンナ…」と呼びかける女性の名前は、母ハンナの名前です。

このラスト6分間に渡るヒンケルのスピーチは、圧巻です。

でもこの映画のもう一つの名場面は、なんといってもこのシーンと思います。

ワーグナーの「ローエングリン」にのって、バレエのように、マイムのように、叙情的に…セリフ一つないままに、ヒンケルの心の闇と孤独を表現しています。

「ヒトラーという人間は、笑い者にしなければいけないのだ」

この映画はアウシュビッツの建設された頃に上映さたそうですが、今思えばスゴイ勇気です。
けれど当のヒトラーもこれを二回ほど観て、笑ったというのです。

後にチャップリンは「赤狩り」でアメリカを追放されますが、さらに後に、ハリウッドが最大級の名誉を贈って和解を申し出ます。

私は、この本の大半を占めている幼き日…母ハンナと、兄シドニー、三人の泣き笑いの生活が、忘れられません。

あの「放浪紳士」も、「心優しいお針子娘」も、「野良犬コロ」も、「キッズ」も…チャップリンの心には、永遠にあの日々が映し出されている気がします。

「モダンタイムス」のラスト、資本主義の機械生活から逃れた恋人同士が、新天地を求めて旅立ちます。

泣きそうなポーレット・ゴダードに、チャーリーが「smile!」と呼びかけます。

もちろん、流れる音楽は彼の作曲した「スマイル」です。

今こそ、またチャップリンの映画をみーんなで観て欲しいと願う私です。

新潮社より、上・下巻に別れた自伝の、「上」。

初版は昭和40年代で大ベスセラーだったようですが、今ではこの上巻しか手に入りません。(下巻は中古で手に入ります。高値ですが、私も中古で買いました。)

ふたござのおんな

わたし、双子座です。

「カストール!」「ポルーックス!」

(なんか「ミシェール!」「ポーレットォー!」みたい)

一年の半分は神で、半分は地上の人間という半死生。
仲良く肩を組んだ男の子の兄弟らしいです。

きのうは今年は三大流星群のひとつ、双子座流星群が抜群に観測できるとのこと…都心でも観れるというので、ひどい乱視の私もあまり期待せずに空を見上げました。

仕事で広尾にいたので、夜遅く東京タワーの見える帰り道、ぼんやり眺めていると…スーッと流れ星☆

え、いまのそう?!

…きっとそうでしょう!(信じる)

冬の星座は美しいですね。

写真は誰かが撮影した(数十秒秒露光)の賜です。

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